引用:https://www.subaru.jp/wrx/sti/special/ej20_archive.html

コラム | 2020.07.20

RB26DETTや2JZ-GTEなど、各メーカーから1機ずつ選出!国産車メーカー史上最高のエンジン8選

Posted by 菅野 直人

これまで国産車には様々なエンジンが搭載されてきましたが、その中で“優れた”、もしくは“最高”のエンジンを選ぶといってもいろいろな解釈があります。 実用車用エンジンとしてそのメーカーの存亡に関わった車のエンジンや、長らく使われたロングセラーエンジンも「最高」と呼ぶべきなのですが、今回は各メーカー1種類ずつ「その歴史やイメージに大きく貢献したエンジン」を選んでみました。

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ランタボからランエボまで、三菱スポーツ征くところそのエンジンあり!三菱「4G63」

今回は古い順から紹介していきますが、トップバッターは三菱自動車工業「4G63」(2.0リッター直列4気筒)です。言わずとしれた「ランサーエボリューション」(ランエボ)シリーズのほとんどに搭載された活躍の立役者であり、1979年に輸出用の「ランサーEX2000ターボ」にSOHC8バルブターボ版が搭載されて以来、2006年に発売された「ランエボIX MR」へDOHC MIVECターボ版が搭載されるまで30年近く第一線にあった長寿エンジンです。

重い鋳鉄製シリンダーブロックで基本設計は古いものの、頑丈で発展余地がありトルクフルなロングストロークエンジンには長寿傾向があり、搭載車生産終了後もチューニングベースとして長く使われるという例に漏れないエンジンで、ターボ版は「ランサーターボ」(ランタボ)や「スタリオン」に搭載された後にスポーツセダン「ギャランVR-4」へ搭載されました。

その後、一回り小型軽量の「ランサー」へ搭載されランエボを生み、WRC(世界ラリー選手権)をはじめあらゆるモータースポーツで活躍し、自動車メーカーとして衰退してしまった今の三菱でもスポーツイメージを色濃く印象づける原動力となった、いわば「三菱の魂」ともいえるエンジンです。

1990年代以降のホンダを支える革命的メカニズム「VTEC」を初搭載したホンダ「B16A」

https://www.honda.co.jp/sportscar/vtec_history/B16A/

本田技研工業(ホンダ)の高性能エンジンの代名詞といえる可変バルブタイミング・リフト機構「VTEC(Variable valve Timing and lift Electronic Control system)」が市販車へ初搭載されたのは1989年に登場したミドルクラスセダン/クーペの「インテグラ」からでした。

それまでも可変バルブ機構そのものは存在しましたし、ホンダでも元々は省燃費の高効率エンジン用として開発されていたものですが、ハイ/ロー2種類のカムを切り替えるカムシャフトによってバルブタイミングとリフト量を同時に変化させ、低回転トルクと高回転域のパワーを両立するメカニズムの考案に成功しました。

結果的に、普段は高効率エンジンとして、カムを切り替えればリッター100馬力にも達する高回転高出力型自然吸気エンジンの実用化に成功したホンダは、インテグラの後も「シビック」など搭載車種を拡大していき、やがて高効率化に徹したVTEC-E(SOHC VTECなど)や、次世代高効率高性能エンジン(i-VTEC)などへと発展していきます。

今や「N-BOX」用エンジン「S07B」(0.66リッター直列3気筒)など軽自動車にまで使われるようになったVTEC、その先駆けである「B16A」(1.6リッター直列4気筒)は、それ自体もスポーツエンジンとして多くのエピソードを残していますが、1990年代以降のホンダを支える基幹技術のひとつとしての意義の方が大きいかもしれません。

2020年までの約31年間に渡り活躍した至高の水平対向エンジン、スバル「EJ20」

https://www.subaru.jp/wrx/sti/special/ej20_archive.html

SUBARU初の小型車として発売された「スバル1000」(1966年)に「EA52」(1.0リッター水平対向4気筒)が搭載されて以来、スバルは長らくこの水平対向4気筒OHV8バルブエンジンとその発展型を搭載した市販車を作り続けますが、1980年代になると基本設計の古さからSOHC化やターボ化の際も苦労するようになっていました。

その頃のスバルは主要市場の北米での不振から自動車メーカーとしての存続すら危ういと言われる状況にあり、苦境を覆すべく開発していた新型車「レガシィ」へ搭載するため開発され、1989年にデビューしたのが新型エンジンの「EJ20」(2.0リッター水平対向4気筒)でした。

SOHC16バルブおよびDOHC16バルブの自然吸気、同ターボエンジンがありましたが主役を演じたのはDOHC16バルブターボ仕様で「レガシィRS」でWRCに参戦開始した頃は信頼性やパワー不足に苦労したものの、ランエボ同様に小型軽量セダン「インプレッサ」へレガシィRSのパワーユニットを押し込んだ「インプレッサWRX」の登場で開花します。

縦置きの水平対向エンジンは低重心かつ良好な左右重量バランスをもたらし、途中幾度も行われた改設計で別物になっていったとはいえ、2019年度いっぱいで生産終了するまで「WRX STI」用エンジンとしてスバルの4WDターボスポーツには欠かせなかったエンジンです。

最初に紹介した三菱4G63とはレガシィRSとギャランVR-4の時代からよきライバル関係にあり、インプレッサWRXとランエボの時代には競うようにパワーアップを続けて2.0リッターターボながら280馬力の自主規制値に到達、最終的には308馬力まで達していました。

ル・マンで勝利し「もう24時間でも走れる」と豪語した名機、マツダ「R26B」

韋駄天狗

今回紹介する中で唯一、市販車用エンジンではありませんし、マツダならロータリーエンジン「13B」や各種「SKYACTIV」系エンジンもあるだろうと言われそうですが、それでもあえて紹介したいのがレース用エンジン「R26B」(2.6リッター4ローター)です。

1979年のマツダスピードによる「RX-7 253i」以来ル・マン24時間レースへ挑戦し続けていたマツダですが、1983年の「717」からグループCマシン化、3ローターの「13G」(20B原型)を搭載した「757」(1986年初登場)、4ローターの「13J」を搭載した「757E」(1987年)や「767」(1988年)を経て、1990年に「787」へ搭載されたのがR26Bです。

排気量は「767B」へ搭載された4ローターの「13J改改」と変わらないものの、他のグループCマシンが800馬力台を達成していたのに対し630馬力の13J改改ではパワー不足で、トランスミッションの容量問題で700馬力に抑えたものの、代わりに燃費やレスポンス、実用トルクに優れる信頼性の高いエンジンが完成しました。

このマシンを引っさげてル・マンへ乗り込んだマツダはやはり最高速こそライバルに叶わなかったものの、改良型R26Bを搭載した787Bで参戦した1991年には燃費と信頼性を武器に戦ってメルセデス・ベンツやジャガーを追い詰め、ついに悲願の総合優勝を果たしたのです。

その後2018年にトヨタ「TS050 HYBRID」が悲願を果たすまでル・マン24時間レースで総合優勝した日本車はマツダ787Bのみであり、強いライバルと競り合っての逆転勝利という意味ではより大きい感動を日本へもたらし、伝説的存在となりました。

優勝車は日本へ帰ってくるとマスコミに公開され、さらに分解されたR26Bエンジンが公開され、キレイな状態のR26Bを前に当時の関係者は「もう24時間でも走れる」と豪語したものです。

言わずとしれた不朽の怪物、日産「RB26DETT」

日産自動車も数多くの名機を産み出したメーカーではありますが、どれか1つと言われればどうしても定番のこのエンジンを紹介しなければなりません。

グループAレースで「スカイラインGTS-R」(R31)がボルボ「240ターボ」など海外勢に全く歯が立たなかった悔しさをバネに、レギュレーション上タイヤサイズなどが有利になる排気量として2.6リッターを選択、RB系をベースとしながら事実上別物といえる高性能な直列6気筒DOHCツインターボエンジンとして登場した「RB26DETT」です。

このエンジンについてはあまりに有名なため多くを語る必要はないと思いますが、レースではより軽量で有利なV型エンジンへ更新されて以降もL型由来の頑丈な特性を利用したチューニングエンジンとして多用され、最高出力が1,500馬力近くに達するものまであったほどでした。

現在の「GT-R」(R35)用エンジン「VR38DETT」なら2,500馬力もあると言われますが、1980年代の技術で作られた2.6リッターエンジンで、多少排気量を上げても1,000馬力以上出せるエンジンなどそうそうありませんから、名機というより「怪物」という名が相応しいかもしれません。

なお、市販車用としてはR32/R33/R34の3代にわたる「スカイラインGT-R」およびその派生型に搭載されたほか、スポーツワゴンの「ステージア260RS」にも搭載、自然吸気仕様「RB26DE」は「スカイラインセダン」(R32)のオーテックバージョンにも搭載されました。

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国産直6エンジン「2大怪物」のもう一方、ヤマハチューンのトヨタ「2JZ-GTE」

名機にはライバルがつきものですが、RB26DETTのよきライバルといえばトヨタ自動車のスポーツカー「スープラ」と、スポーツセダン「アリスト」へ搭載された3リッター直6DOHCツインターボ、ヤマハチューンの名機「2JZ-GTE」でしょう。

2.5リッター直列6気筒DOHCツインターボの「1JZ-GTE」は「マークII」や「クラウンアスリート」、3代目「ソアラ」などにも搭載された、いわば「汎用機」でしたが、2JZ-GTEは前記した2車種にしか搭載されなかった「エース機」ですから扱いが全く異なります。

レースではやはりRB26DETT同様に重い直6エンジンの悲しさで旋回性能向上のため直4エンジンの「3S-GTE」系に換装されてしまいましたが、直線勝負のドラッグレース用などならチューニングベースとしては現在でも十分に通用し、1,800馬力に達するチューニングを受けるなどRB26DETT同様「怪物」の部類でした。

現行スープラもやはり3.0リッター直6ターボエンジンが搭載されているとはいえ、BMW製エンジンなどが少々寂しく感じるところです。

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ライバルメーカーのベンチマークとなった傑作3気筒アルミエンジン、スズキ「K6A」

Tennen-Gas

軽自動車やコンパクトカーが多いスズキでは1987年、初代「アルトワークス」で64馬力を叩き出す0.55リッター直列3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボ「F5A」という、小さなデコレーションケーキ、あるいは超精密機械のようなエンジンで、第2次軽パワーウォーズへ一つの区切りをつけるとともに、現在まで続く軽自動車64馬力自主規制の元を作りました。

それ以降もスズキは小排気量DOHCターボエンジンを得意として、F5Aのビッグボア&ショートストローク版「F5B」、F5Bのロングストローク版「F6A」のDOHCターボ版をアルトワークスの最上級グレードへ搭載し、4気筒DOHCターボ化した「F6B」も「セルボモード」へ搭載します。

基本設計が1970年代と古いF型エンジンに代わる新エンジンとして1994年に登場したのが「K6A」(0.66リッター直列3気筒)で、全てDOHC4バルブ、アルミブロックを採用したビッグボア&ショートストロークの軽量直列3気筒エンジンであり、前作F6Aよりトルクフルで活発に回り、モータースポーツでは4気筒エンジンを搭載するライバルのダイハツやスバルを圧倒しました。

3気筒なら1,000ccまで(K10A~C)、4気筒なら1,500cc(K15B)まで拡張可能で同社のコンパクトカーにも数多く採用され続けており、軽自動車用のK6Aも直噴ターボ化やVVT(可変バルブ機構)の追加などを経て新型の「R06」系へ更新される2018年まで搭載され、ライバル他社にとっては高効率で軽量なベーシックエンジンを開発する際のベンチマークであり続けました。

K6Aの時代まではライバル他社にいずれも軽自動車用4気筒エンジンがありましたが、最終的に3気筒エンジンがコストと性能のバランスに優れることを証明した名機として、他のスズキ製エンジンより大きな役割を果たしたと言えます。

打倒スズキの執念が生んだ「軽エンジン界のRB26」ダイハツ「JC-DET/JB-DET」

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最後に紹介するのはダイハツ工業株式会社ですが、総合性能面では前項のスズキK6Aにかなわなかったものの、記憶に残るエンジンとして、さらにチューニングベースとして3気筒の「EF」や「KF」、小型車用の「K3」系エンジンなどより歴史に残る名機といえば軽自動車用4気筒エンジン「JB-DET」(0.66リッター直列4気筒)と、その原型となった特殊な競技ベース車用「JC-DET」(0.71リッター直列4気筒)を選出します。

1990年代半ば、ダイハツでは1980年代半ばに登場した0.55リッター直列3気筒「EB」系エンジンの発展型「EF」系エンジンに加え、軽自動車でも上級モデルや高性能モデル用へと静粛性が高く、高回転型の0.66リッター直列4気筒DOHCエンジン「JB」系を開発しました。

自然吸気版「JB-EL」は「ミラ・モデルノ」や「ミラTR」へ、ターボ版「JB-JL」は「ミラTR-XX」系や「ムーヴSR-XX」系へ搭載されますが、JB-JLを搭載した競技ベース車「ミラX4」はラリーやダートトライアル競技でK6Aを搭載したスズキ・アルトワークスに完敗します。

そこでダイハツでは1998年10月から始まり現在まで続く新規格軽自動車用エンジンのテストベッド…という名目でJB-JLをフルチューンし、規則上アルトワークスと同じクラスで戦える最大排気量の0.71リッターへとストロークアップしたJC-DETを開発。スバルのシーケンシャルツインターボ版EJ20用のセカンダリータービン(RHF4)を組み合わせ、新型コンパクトカーに搭載し「ストーリアX4」としてデビューさせました。

ストーリアX4は軽自動車の64馬力自主規制を気にしなくてよいので、多少のボディ重量増加も気にしない120馬力へ出力向上、その代わり低速トルクはスカスカでターボラグも大きい典型的な超どっかんターボでしたが、なりふり構わず作られたという異常なエンジンは、その成り立ちだけでも伝説的存在です。

もっとも、JC-DETを搭載したストーリアX4は熟成が進んだアルトワークスに総合的な戦闘力で劣る上に、強引に高出力を狙ったエンジンに駆動系その他が追いつかずに壊れて自爆するなど大苦戦しました。結局同ジャンル競技からスズキスポーツ(当時のスズキワークス)が撤退するまで、圧倒的勝利という段階まで進むことはできませんでした。

その一方、「本来の役目」である新規格軽自動車用エンジンのテストベッドとしての役割もきっちり果たして1998年に0.66リッター版JB-DETが登場。こちらは実用車用だったのでJC-DETほどの無茶はしておらず「ムーヴ」や「MAX」、「オプティ」、「コペン」など多用な軽自動車の上級モデル用として幅広く搭載され、特にコペン用のツインスクロールターボ仕様は当時の軽自動車用エンジンとして最強の最大トルク11.2kg・mを発揮しました。

コスト改善のため残念ながらダイハツでは4気筒エンジンの開発を打ち切って3気筒エンジンのKF系へ集約、2012年の初代コペン販売終了とともに消えていきましたが、JC-DET用パーツなどを流用すればかなりのチューニングポテンシャルを持つため、現在でもダイハツ車をはじめさまざまな軽チューニングカーへ流用される定番エンジンとなっています。

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