引用:GNU-FDL

コラム | 2020.06.29

いつからニトロと呼ばれるように?ワイルド・スピード等の映画に出てくるニトロ(NOS)とは何か

Posted by 菅野 直人

日本では通称「ニトロ」または「NOS(ノス)」と呼ばれる自動車用エンジンの緊急出力増強装置は、国内外の創作作品で「必殺技」として使われる一方、実在する装置はモータースポーツで使われていることもあります。メカに負担をかけつつ、一発勝負で過激なパワーを生み出すこの装置、具体的にはどのような歴史を持ち、どのように使われるものなのでしょうか?

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日本では「ニトロ」で定着してしまったため誤解が多い、出力増強装置

おそらく、日本でも一部関係者が知る程度であった特殊なガスを使うエンジン出力増強装置が、その名を広く一般にも定着させた最初の例は、1982年週刊少年ジャンプで連載されていた自動車チューニング漫画「よろしくメカドック」(次原隆二・作)だったかと思います。

主人公たちが、チューニングショップ「メカドック」の名を売るため参戦した非合法の公道レース「キャノンボール・トライアル」へ参戦するべく準備したのは、当時最新鋭ながらも重量級マシンのセリカXX(2代目A60系)。「そんな車でレースになるのか」とバカにするライバルにほくそ笑み、主人公の準備した秘密兵器が「ニトロ」でした。

ボタン一発緊急加速!ただし使用時間や回数は制限されており、使用すれば水温が上昇してオーバーヒートの危機、最後は限界を超えた使用により、エンジンブローで果てるメカドックのセリカXXですが、その活躍する姿は読者の心を熱く打ち、緊急出力増強装置「ニトロ」の名とともに深く刻み込まれました。

その後もさまざまな漫画などで同種の装置が「ニトロ」として登場し、さらに「燃料へニトログリセリンをぶち込むと爆発的な加速をするらしい」と、妙な誤解まで生まれます。そんなに噴射できるほど大量のニトログリセリンを常温で積んでいたら、爆発的な燃焼ではなく振動で爆発しますし、仮に冷却して搭載するとそのための装置で大幅な重量増を招き、レースどころではないはずですが。

現実の「ニトロ」は第二次世界大戦中のドイツで開発された、亜酸化窒素噴射装置

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現実には「亜酸化窒素」(化学式N2O)という窒素酸化物の一種で、「笑気ガス」とも呼ばれて麻酔など医療用途で使われる一方、燃焼時に酸素を遊離して燃焼を助けるため、内燃機関の燃焼促進用途や、ロケットエンジンの酸化剤としても用いられています。

元々は、第二次世界大戦時のドイツ空軍で使用されていたメッサーシュミットBf109戦闘機などに使用されていた、ダイムラー・ベンツDB601エンジンの緊急出力増強装置「GM-1」として開発されたもので、燃料とともに噴射することで気化熱により吸気温度を抑えるとともに、燃焼時に酸素を放出して酸素濃度を高めることにより、過給機のブースト圧を上げるのと同じ効果を得ることができました。

ドイツ空軍で使用された航空機、中でも酸素が薄い高高度で高速力や上昇力を求められる高高度戦闘機のエンジンに組み込まれたGM-1は、作動時には確かに猛烈な緊急出力増加をもたらしました。同じく吸気温度を下げる効果がある水メタノール噴射装置「MW50」を併用した高高度戦闘機タンクTa152H-0は、当時世界最強クラスであった連合軍の戦闘機P-51Dを高高度で悠々振り切ったと言われます。

ただし、ボンベや噴射装置などシステム全般の重量増加は使用時以外には何の役にも立たないどころか、性能低下をもたらすため用途は限定されてしまい、スーパーチャージャーやターボチャージャーのブーストアップ、インタークーラーによる吸気冷却ほどの持続した高性能に比べメリットが少ないため、当のドイツですら実戦での使用機会はかなり限られてしまいました。

ドラッグレースなど自動車の緊急出力用として復権

戦後になるとジェット時代が到来し、航空機用レシプロエンジン、あるいはターボブロップエンジンが高出力より高効率化の手段として発展したため、しばらく忘れられたGM-1ですが、時期は定かでないものの自動車用エンジンの緊急出力用として再び日の目を見ます。

ドラッグレースのような短距離で、しかも真っ直ぐ走るだけで、重心移動にさえ注意し、コーナリング性能への悪影響など考えなくてもよいジャンルでは、亜酸化窒素による爆発的な出力増加は非常に魅力的でした。燃調マネジメントや駆動系の強化など、瞬間的な出力増大への対処をしっかりやっておけば、トラブルのもとにもならない安定したシステムとして、アメリカを中心に流行しました。

システムの名称はメーカーによってさまざまでしたが、キャブレターなどのパーツサプライヤー、ホーリー・パフォーマンス・プロダクツが持つ商標「ナイトライス・オキサイド・システム」、略して「NOS」が日本に入ってきた際、「ナイトラス(Nitrous)」がいつの間にか「ニトロ」と呼ばれ、そのまま漫画「よろしくメカドック」で「ニトロ」として紹介、「ニトログリセリンを爆発させながら走る恐ろしい装置」として定着してしまったのかもしれません。

その後、1995年に自動車のチューニングが合法化されるようになった頃には略称「NOS」の方が有名になっており、NOS以外のNXなど他社製品も「NOS」と日本で紹介されることが増えて、映画「ワイルド・スピード」でも字幕に「NOS」と表示されるなど定着して今に至ります。

NOSそのものは安全なシステムでニトロと無関係だが、ニトロエンジンはある

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使用される亜酸化窒素そのものは、高温で混合気を燃焼させない限り引火爆発の危険はなく(そうでないと戦闘機に使いません)、現在は脱法ドラッグとして使用する事例が多発したため、「医療用など」を除き販売が禁止されていますが、燃焼促進など機械への用途は認められているため、空のボンベと交換でボンベごと充填販売している販売業者から購入可能です。

ただし、緊急出力でのセッティングに失敗してエンジンを壊すことがあるのも事実で(「メカドック」はつまり満足なセッティングをせず無理やり使っていた失敗例とも言えます)、ドリフトなどモータースポーツ用途としては規則で禁じられていることも多いため、現在は使用が許された環境で愛好家に使われている程度です。

結局「ニトロ」と呼ばれた装置は、ニトログリセリンなどとは無縁の誤解が広まった名称でしたが、実はニトロメタンと呼ばれるニトロ化合物をメタノールなどに含んだ「ニトロエンジン」は実在し、ラジコン用エンジンとして使われるほか、ニトロメタン濃度90%以上の燃料を使った「Top_Fuel」ドラッグレース車では、推定最高出力8,000馬力以上のものもあると言われています。

燃焼時に排出された水素が、排気管から大気中に放出されると猛烈な炎を出すのが大迫力で、アメリカでは人気のレースカテゴリーですが、国際的に自動車用の「ニトロ」といえばこのニトロエンジンの方を指します。

しかし、1980年代に「ニトロ」で覚えた世代の方もまだ多いので、今後もしばらくは「NOSってニトロだよね?」といった会話が世代間格差で見られるかもしれません。