コラム | 2021.05.11
サーキットでのブレーキの扱いについて。一般道との違いは?
Posted by 菅野 直人
「走る、曲がる、止まる」は、車を動かす上での3大要素ですが、その中でも一番重要であり、どんな形であれ乗員が無事に目的地に着くため不可欠なのが、ブレーキであることは言うまでもありません。 サーキットでは、それに加えて「速く走る」という目的も加わるため、一般道の場合とは少し違ったブレーキの使い方が必要になります。
以下の文中の買取査定額は、投稿日時点での目安になります。実際の査定額については相場状況や車両の状態によって大きく変動しますので、あくまで参考金額としてご覧ください
SUMMARY
一般道とは根本的に異なる、サーキットでの「ブレーキのかけ方」
あなたが車の運転免許を取る場合、教習所に通っていたならば、だいたいこのような感じで教わったはずです。「ウィンカーはだいたい目的とする地点から何m、あるいは車何台分手前で出し、曲がるなり、路側に寄せて停車するため減速する意思を伝え、そのうえでブレーキを踏み、必要な減速を行う」。
ウィンカーを出さないのはもちろん、ブレーキを踏んで減速してからウィンカーを出すというのも不正解ですが、これは基本的に「後ろや周囲の車、あるいは歩道、前方の脇道、交差点などから出てきそうな車や歩行者など、ありとあらゆるものへ自分の意思を伝え、交通事故を未然に防ぐ」という目的ゆえです。
車の運転免許というのは、「運転がうまくなったら取れるもの」などではなく、交通法規やルールを理解し、交通安全に努めるという「安全衛生」の認定証であり、その意味では工場の機械や建設機械の免許と、なんら変わるわけではありません。
つまり、どんなに運転がヘタクソでも、やることさえやっていれば、周囲が気を遣うため、交通安全につながるわけですが、サーキットではまた全然異なる論理が働きます。
まず、基本的に一方通行で車線もなく、コース上で多少進路が斜めになるからとウィンカーを出す必要はなく、他の車に衝突しないため前方や周囲の確認は大事ですが、特にレースの場合は、駆け引きの範囲内で他車の走行ラインに制約を与えることも可能です(露骨にやると「走路妨害」という違反になりますが)。
そして何より、積極的な追い越しが認められ、誰よりも速く周回なりゴールしてベストタイム(ラップタイム)を叩き出すか、誰よりも速くゴールして勝利するのが、至上の目標です。
一般道でも、そのような走り方をしたがる人はおり、実際やるとスカっとはするものですが、基本的に一番偉いのは「違反で検挙されず事故にもあわず、ノントラブルで帰ってきた人」であって、「速いのが一番偉い人」となるサーキットとは、根本的に異なります。
それゆえ、車の3大要素「走る・曲がる・止まる」のうち、誰よりもアクセルを踏んで速く走り、誰よりも上手いステアリング(ハンドル)さばきで速くコーナー(カーブ)を旋回し、そして誰よりも上手く「ブレーキを使う」必要がありますが、ブレーキだけは「上手く止まる」や「上手く減速する」ではないという意味で、一番特殊な操作が求められるかもしれません。
サーキットでは、「強く短く減速せよ!」
一般道より特殊な操作が求められるとはいえ、ブレーキの役割が「必要に応じて減速し、最終的に止まる。」であることには変わりません。
ただし、一度スタートしてしまえば、止まるのはゴールした後以外だと、何らかのトラブルで、それ以上の走行が無理と判断した場合、レースの進行が無理と判断されて係員に止められる場合、目前のクラッシュでコースが完全に塞がれ、止まらざるを得ない場合などに限られます。
それ以外のブレーキは基本的にコーナーを曲がるための減速しかありませんが、一般道のように「このくらいのカーブだから、このくらいの速度に減速しよう」だけでは速く走ることができないのがサーキットです。
何しろ「平均速度を上げるためには、速度の遅い距離が短ければ短いほどよい」わけですから、まず何となくブレーキを踏んでダラダラと適当に減速すると、速く走ることができません。
ならばどうするかと言えば、「最低限の距離を、最大限の力で減速し、一刻も速く加速に移る」のが必要で、よくスポーツタイプの車でブレーキを強化したり、強化するチューニングを行うのは、可能な限り短距離で必要なブレーキングを済ませるためです。
初心者が陥りがちな罠。「ブレーキは遅らせればよいというものではない」
ここでよく初心者が勘違いしてしまうのは、「ブレーキを短く済ませるためには、コーナーの直前ギリギリで踏めば、減速する距離は最低限で済むのでしょう?」という思い込みで、F1などビッグレースでも確かにコーナー直前までのブレーキング競争というのはよく見かけますが、あれはライバルとの「駆け引き」で起きるものであり、理想的なブレーキングではありません。
実際、そうしたブレーキング競争でもミスによりコーナーを曲がりきれない、他車と衝突するクラッシュを誘発しますし、そうでなくとも「駆け引き」をやっている間は、後方から他の車が差を詰めてくる、つまり遅いというのはよくあるパターンです。
では、速く走るための理想的なブレーキングとは、「減速するためのブレーキングはコーナー直前で終わらせ、コーナーは可能な限り速く旋回して、可能な限り速くアクセルを踏んで加速できる体制に持ち込む」までがワンセットです。
そのようなことは普通にやっているよ、と思うかもしれませんが、実際にはブレーキングポイントが遅すぎ、減速が終わる頃にはもうコーナーに入っていたり、十分減速する前にブレーキングを終えてしまって曲がりきれない、あるいはコーナーの後に別のコーナーが続く複合コーナーやS字コーナーの場合、次のコーナーに対応できず、余計な減速を強いられる、ということがよくあります。
上級者であれば、それも駆け引きのうち、あるいは意図的に車の挙動を不安定な状況に持ち込んで、アクロバティックな旋回をこなす場合もありますが、初心者の場合は、自分が考えているよりワンテンポ早くブレーキングを始め、コーナーでは旋回と加速に専念すれば、タイムを縮めたり、ライバルとの差を縮めたり広げたりができるでしょう。
特に初めて走るコースの場合、コース全体を把握するまでは、ブレーキングのタイミングを早めに取り、未知のコーナーに備えるべきです(ラリーのように、全部ドリフトでとにかく行き止まり以外は何が来てもよい!とする場合もありますが)。
ブレーキのタイミングは、路面の状況や車種特性でも変わってくる
前項では「基本」を説明しましたが、もちろん大原則というだけで、実際にはもう少し細かく考える必要が出てきます。
たとえば、コーナー手前までのストレートは平坦で勾配もないのに、ブレーキングポイントにちょっとした下り勾配、などという「罠」があると、通常のブレーキングではもっともタイヤの負担が増える終盤、急にタイヤロックして次のコントロールが1呼吸遅れ、コーナーが大回りになったり、加速のためのアクセルも遅れたりと、タイムダウン要因が増えることになります。
また、ブレーキングポイントはタイヤのカスが路面に貼り付きやすく、さらに他の車のラインから外れると剥がれにくいため路面のミュー(摩擦)が低下しやすく、他の車とあまり違うラインでブレーキングすると、思ったように減速しなかったり、車の挙動が不安定になります。
では、どのような車でも同じポイントでブレーキングして同じラインを走り、同じように旋回して加速すればよいかというと、そうではありません。
ターボ車の中でもアクセルレスポンスが悪く、ブーストの立ち上がりも遅い車種では他の車より早めにアクセルを開けないと、必要なところで加速が始まらないため、それに合わせてブレーキングポイントも調整し、極端な場合はブレーキングポイント自体をもっと早めにして、他の車がまだブレーキングしているようなポイントで、もうアクセルを踏んでいなければならないケースもあります。
もちろん、それらの路面状況や車種違いによるハンディも、上級者にかかればいかようにでも補正するテクニックがあるのですが、初心者はとにかくじっくりと様子見しながら、少しずつ今の自分で可能なベストを探すのが、正解でしょう。
コーナリング中の「残すブレーキ」とは?
一般道でも、予想したよりカーブの角度がキツくて追加のブレーキが必要になるケースはありますが、サーキットにおけるコーナリング中のブレーキ、すなわち「ブレーキを残す」とは、似ていても全く違います。
車の旋回性能(コーナリング性能)は、車種ごとのトレッド(左右タイヤ間隔)などにも左右されますが、最終的にはタイヤのグリップ性能に左右されるものです。
タイヤのグリップ性能とは、ゴムに配合された素材などで変わるコンパウンドや、変形に耐える構造といったタイヤ自体の性能のほか、空気圧によるタイヤ幅や剛性の微調整もあります。
他に重要なのは、「タイヤを路面に押し付ける力」で、エアロパーツなど空力効果によるダウンフォースのほか、ブレーキを使った荷重移動など重量がポイントです。
特にブレーキングの場合は、減速によって空力によるダウンフォースが弱まる中、いかに4輪のグリップ性能をフルに発揮させるかが勝負であり、ブレーキによるフロントへの荷重移動が起きる一方、リアの荷重は抜け気味になるため、一般的にフロントブレーキは強力に、リヤブレーキは同等かそれ以下、という市販車が多くなります。
ただし、サーキット走行では減速さえできればよいというものではなく、それから「なるべく速い速度で素早く向きを変え、早くアクセルを踏んで加速させないといけない」のが大きな違いです。
そのためには、フロントタイヤのグリップを最大限発揮する必要がありますが、低速でダウンフォースが落ちている場合や、あるいはフロントが軽いリアミッドシップ車やリアエンジン車であれば、ブレーキでフロントタイヤへの荷重を載せ続けなければいけません。
ただし、減速はタイムダウンしないよう最低限ギリギリ、間違ってもフルブレーキング中に無理やりステアリングをこじって曲げようなどと考えてはいけないため(いわゆる「どアンダー」になります)、「フロント荷重は残すけれど、それ以上の減速はほとんどしない」、これが「ブレーキを残す」ということです。
なお、コーナーの角度や路面状況、その車の重量バランスによっては、「ブレーキを残すまでもなく、必要なフロント荷重が得ることができる」場合もあるため、その場合は、完全にアクセルもブレーキも踏まない、あるいはアクセルを踏みながらコーナリングする、などケースバイケースであり、それも走り込んで自分のベストを探しましょう。
公道での練習はアリか?
ここまでサーキットでのブレーキングについて、一般道と異なる使い方を説明しましたが、最後に「その練習を一般道で行うことは、アリかナシか?」です。
結論から言えば、周囲に車がいる状況では流れと全然違う動きになるため、前を走っている車から煽り運転と思われたり、後続車からは妙なタイミングでブレーキをしたりしなかったりと戸惑われて、思わぬトラブルや事故の原因になりかねないため、ごく普通の運転をしましょう。
仮にやるとしても、深夜で人通りもないような山奥などで、他の車もいない状況、さらに事故を起こしても、うまく救援されるとは限らず、同様の車が飛ばしていれば暴走族扱いしかされないため、制限速度内で何となく感覚をつかむ、という程度が無難です。
どのみち一般道とサーキットでは舗装材も舗装状態も異なり、同じような速度を出しても車の挙動はあまり参考にならないため、ブレーキとステアリングとアクセルの手順を確認し、そのために必要となる適切なドライビングポジション(シートの前後位置やリクライニング角度、ステアリングやペダル位置など)をハッキリさせておくまでにとどめましょう。
何といっても一般道で一番偉いのは、サーキットと異なり「速く走ることができる人ではなく、無事に帰れる人」ですから。