Diary

このDIARYをとおして応援して下さる皆さんとわかりあえれば幸いです。

2012年5月17日

120517g.JPG6月20日に発売されるWORLD ORDERの2ndアルバム「2012」 に収録されている「AQUARIUS」をYouTubeにアップした。今回のテーマはアクエリアス(水瓶座)の時代の到来。
水瓶座の革命作用により価値観が大きく変り、魚座の時代には物質に従属するものと考えられていた精神が物質と等しく評価され、その融合の中に新しい生きかたや価値観が出てくる時代がくるといわれている。
そんな時代の変わり目を感じながら楽しんで見ていただければと思う( ´ ▽ ` )ノ



2012年5月10日

120510g.jpg8年前、恵比寿アトレの有隣堂で山口晃作品集という本に目が留まった。
手に取りよく見てみると、それらの絵は浮世絵のようなタッチだが自由で大胆な発想で描かれていた。僕はインスパイアされ迷わずレジに向かいジャケ買いした。
その後、僕は友達や格闘家の仲間に「ミュージシャンになったらこの人にジャケットを書いてもらうんだ」と言い続けた。そのときはバリバリの現役格闘家だったので「また変なこと言って」と言われたものだ。
そしてWORLD ORDERの2ndアルバムのジャケットが完成した。そう、山口晃さんに書いてもらったのだ。自分で言うのも何だが、思い続けることで現実に出来た事をとても嬉しく思う。
状況が問題ではない、自分のあり方が問題なのだ。



2012年5月 5日

120505g.jpg先日、僕のダイアリー`のコメントに「Thrive(繁栄)」というYouTube動画のリンクが貼られていた。なかなか興味深い内容であったので紹介したい。

この動画では、情報には階層構造があり、目的をもって操作されているということが分かりやすく説明されている。メディアで流される情報だけを鵜呑みにしては、真実はわからないということなのだ。
最近、小沢一郎さんが政治資金規正法に関する裁判で当然ながら無罪になったが、階層の上に位置する顔の見えない人たちが、メディアを操作して都合の悪い人物を犯罪者に仕立てあげるという情報操作は世界中で日常的に行なわれている。

僕は別にアメリカの対日政策の下請け業者となることで権力を拡大したいと思っている人たちを批判したいわけではない。彼らがいなくなっても他の誰かが同じことをやるだろうし、何百年何千年もの間、何処の世界でも行われてきたことだ。ただ、今の時代はこうした手法もだんだん効かなくなってきているということを言いたいだけだ。そう、時代の変わり目が来たのである。

皆さんも時間がある時にこの動画を見て頂ければと思う。僕が「WORLD ORDER」を作ったのは女の子にモテたいという理由だけではないことが、ちょっとだけわかってもらえるのではないだろうか。


2012年5月 1日

120501g.JPGWorld Orderのセカンドアルバムの制作がほぼ終わったので久しぶりに北海道の自宅に戻った。雪はすっかりと溶け、プーメイさん達が気持ち良さそうに芝生で寝ころぶ姿をみて北海道の春を感じた。そして、シーズン中だけオープンする近所のそば屋さんも始まったので嫁さんと一緒に顔を出した。すると大将は「おかえり」と言って5人前ほどの十割そばをサービスしてくれた。
僕は温かい人情と美味しい蕎麦に癒された。




2012年4月26日

120424g.jpg先日、高谷選手がアジア大会で銀メダルを取りロンドンオリンピックの出場権を手に入れたお祝いをした。これでオリンピックに出場する僕の教え子としては米満選手と高谷選手の2人になった。拓大レスリング部監督に就任した時、高谷選手は一年生で四年間共に拓大で過ごしたので嬉しい限りだ。彼ははいわゆる天才型であったが人一倍努力もしていたので出場権を取ったことに驚きはしなかった。22才という年齢的にも頑張れば三回オリンピックに出れる可能性があるだろう。しかし今回が最初で最後のつもりで大胆に攻めてもらいたい。彼なら金メダルをとれる可能性も充分あるからだ。ふれーふれー\(^o^)/



2012年4月21日

120421g.jpg今日でセカンドアルバムの音源のマスタリング作業が終わり完成した。
それなりに生む苦しみがあったので嬉しさと共にホッとしている。発売日の六月二十日が待ち遠しいが、きっとあっという間にやって来るのだろう。
...話は変わるが先日サイン会に来て頂いた皆さんありがとう。みんなな喜ぶ顔を見れて僕も嬉しかった。そのサイン会にこんな人がいた「僕は消防士なんですが今日シンクロが起きました」「何があったんですか?」と僕が聞くと彼はこう言った。「サイン会の整理券が119番なんです」
皆さんも一緒にワクワクしながらシンクロの波に乗って行こう\(^o^)/




2012年4月14日

120414g.jpeg僕の新刊「自分が変われば世界が変わる ー 呪術師ルハンマトゥスの教え」が発売された。
これは僕がシャーマンのルハン・マトゥスに龍の涙というシャーマニズムの秘技を教わった物語だ。
昨日、この本を改めて読んで自分の根っこにある課題がわかった。それは嬉しくもあり辛くもあったが一晩経つと自分にとってとても大切なプロセスだということに気がついた。
そしてこの本はルハンさんが僕にくれたプレゼントでもあるということも理解し、夢見の技法の凄さを知った。
僕が今まで書いてきた本とは少し違うが皆さんに新たな気づきがあり、そして楽しんで読んでくれれば幸いだ。



2012年4月11日

120411g.jpg

先日、苫米地英人先輩から新刊の献本を頂いた。なぜ僕が苫米地さんのことを先輩と呼ぶかと言うと、一度対談した時に「これから俺のことを先輩と呼んでいいよ」と言われたからだ。
苫米地さんは正統派のエリート教育を受けていたにも関わらず、見るからに怪しい。
貰ってばかりでは悪いので、売り上げ貢献しようと苫米地先輩の3冊ほどAmazonで購入した。その中でも「経済大国なのになぜ貧しいのか?」が面白かった。
苫米地先輩の見た目の怪しさと、本に書かれている大真面目な内容のギャップに笑ってしまった。苫米地先輩は意図して怪しさを演出しているとさえ思える。
そうだとすればなかなかの策士だ。



2012年4月 6日

120405g1_R.JPG120405g2_R.JPG新曲AQUARIUSのMV(ミュージックビデオ)ロケが無事に終わった。天気にも運良く恵まれた上に面白いシンクロが起きた。MVのオープニングにそのシンクロした映像を入れようと思っているので期待してもらいたい。
今回撮影して感じたのは、やはり楽しんでやることが一番うまくいく方法だということだ。
今後の撮影もこの調子で楽しみながら素晴らしいアルバムを作っていきたいと思う。
ちなみに大人数ということもあり大部屋で寝泊まりした。写真で見てお分かりのように完全に合宿ノリであった(^O^)/




2012年4月 1日

120401g1.jpg今日WORLD ORDERのイベントに来て頂いた皆さんありがとう。青空の下でのパフォーマンスはメンバー一同とても楽しかった。
そしていよいよ明日からミュージックビデオの撮影にはいる。
今回の踊りも、メンバーみんなのアイデアが集結してとても良い形になったと思う。あとは本番でどんなシンクロが起こるのか楽しみだ。
僕が撮影で大切になのはシンクロ(共時性)だ。その瞬間にたまたま起こる出来事により、作品がより良くなるのがWORLD ORDERのビデオのスタイルと考えている。だからあまり考えても意味が無い。しかし、イマジネーションを保つことも大切だ。明日もみんなでベストを尽くすぞ\(^o^)/



2012年3月29日

120330g1.jpg僕のレスリング部の恩師である七尾先生が還暦を迎え関東第一高校から引退する。そのパーティーが先日、新小岩で行われ先輩後輩たちが集まった。
父母会の女性が舞を踊ったり先輩のくまだまさし先輩がスピーチをしたりと盛り上がった。その中でも警視庁に行った後輩達が警視庁ツリパンに着替えての激励演説は気合いがはいっていた。
七尾先生は「10年以上振りに心の汗が出ました」と言って涙を拭った。僕も心の涙を流せるような人生を送ろうと思った。


2012年3月27日

120327G2.JPG120327G1.JPG先日、DELLのイベントでギネス世界記録を達成したということで、DELLのスマートフォンDELL Streak Proを手に入れた。ラバー素材なのでグリップ感が良く、画面も綺麗で大変満足している。
そして新しいスマートフォンを手に、僕はギネス世界記録と大学院修士のお祝いを神谷町にある行きつけの店「吟み屋」でやった。この店は日本酒が充実しており、マスターのこだわりで生酒しか置いていない。生酒とは文字とおり火入れしていない日本酒で旨味があるとても美味しい。
皆さんもたまには美味しい酒をちょいと飲んで毎日楽しく頑張ろう(=´∀`)人(´∀`=)




2012年3月23日

120322g1.jpg120322g2.jpg今日、拓殖大学の卒業式が行われ、僕は大学院地方政治行政研究科を無事に卒業した。
実を言うと勉強が面倒くさくなり一年前に中退しようとした時があった。辞める際に入学してからアドバイスや相談にのってくれたりと大変お世話になった学長に辞める挨拶に行った。「学長、僕には向いてなかったみたいです。劣等生ですみません」すると学長は僕にこう言った。「確かに君は劣等生だ」
「むにぁ」
「...ただ君見たいな行動力のある人は拓大には必要だ。考え直してみなさい」と心から引き止めてくれたのがわかった。
僕はその言葉で中退せずに今日という日を迎えたので学長に感謝である。たった一言でその人の人生が変わることもあるということを知った。
それはそうと今日で学割が使えないので残念だ( ̄ー ̄)




2012年3月18日

120318g.jpegヨリス・ライエンダイクの「こうして世界は誤解する」を読んだ。あらためて情報操作によって世界は出来上がっているのだという思いを強くした。僕自身も格闘業界から音楽業界へと10年以上いるので、力関係や編集によってどうにでも見え方が変わることは知っている。その構造は大小関係無くどこにでも存在するのだろう。
「僕らは二つの声を聞く 耳当たりの良い綺麗な嘘と隙間を埋めるゆがんだ真実」このWORLD ORDERの歌詞が「そんな時代もあったね」と言われる時期が来るのも遠くはないような気がする。
世界は嘘と真実が明確にわかるようになるのだ。


2012年3月16日

120316g4.jpg120315g3.jpg昨日、DELLのイベントで、647人でスーツを着てロボットダンスを踊りギネス世界記録を達成した。たくさんの人数で踊ることにより場の統一感を感じ、貴重な体験が出来た。
そして今日、僕がモデルを務めているサーフブランド「M.C.D」の撮影が九十九里浜近くのスタジオで行われた。
夏物の撮影なので昨日、ギネスが終わった瞬間、すぐにスーツ姿で日サロで日焼けしに行った。日焼けマシーンに入りながら格闘家時代「変幻自在のトリックスター」と呼ばれていたのを思いだして一人で笑った。もしその姿がビデオに取られていたら非常に不気味だっただろう。
素っ裸で日焼けをしながら一人笑う須藤元気...。
とにかくこれからも自分のやりたいことを変幻自在に楽しんでいこうと思う。



2012年3月11日

120311g.jpg今日で震災から一年がたった。振り返ってみると誰もが激動の一年ではなかっただろうか。僕はボランティアを通じて大切なのは口先だけではなく共感して痛みを分かち合うことの大切さを学んだ。たわごとに聞こえるかもしれないが要するに愛が必要なのだと思った。そして震災から一年後の今日、たまたまWORLD ORDERのMVの撮影が始まる。僕らは震災後すぐにメッセージを添えた作品、MACHINE CIVILIZATIONを発表した。今回の作品はこれかの明るい未来に向けて力強いメッセージを伝えていきたい。
みんなでベストを尽くして共に輝く世界をつくっていこう!


2012年3月 9日

120308g_R.JPG早いもので昨日で34才になった。今日、浅草で一杯やりながら、人生はあっという間だということに気がついた。細かいところに気をとられていては大事は成し得ない。いままではディテールばかりに気を取られていたので、今日から大局的に物事を見ていこうと決めた。今は時代の変わり目。いつでもベストを尽くして、大きい波で時空をサーフィンしようではないか。



2012年3月 5日

120305g.jpeg今日、僕が解説を務めたUFC Japanに出場した盟友の五味選手から連絡があった。五味は試合後、リングガールの娘に間接的にオクタゴンの中からマイクで口説いていたので僕は解説で「夜は判定負け」と予言していた。
実は試合後の夜、僕は五味と電話で話をした。しかし、いつになく彼はホテルに一人でいたのだ。「あっ、元ちゃん。セコンドとか皆帰してホテルの部屋で一人だよ」
「あれ、五味が打ち上げとかしないなんて珍しいね。しっかりリングガールの娘を口説いているのかと思ったよ。まぁダメージもあるし酒はのめないか」
「まぁね。元ちゃん来るなら一杯やるよ」
「今日はゆっくり休みな。また今度やろう」
そんなやり取りをしていた。その後、彼女にアプローチをしたか聞いてみた。
「その後、リングガールの娘はどうなったの?判定負けだったでしょ」
「元ちゃん、判定負けではないよ......同じリングにも立てなかった」
その後、彼は本音を語ってくれた。話を聞くと試合後、リングガールの彼女に連絡先を渡して連絡くるのを深夜まで一人部屋で待っていたらしい。
五味、試合も恋愛もがんばれ。僕はいつでも友達だ。


2012年3月 2日

120302g.jpeg前回、青森に行った話を書いたが、そのときにオススメの居酒屋を見つけた。
市内にあるJALホテルの斜め向かい「のらくろ」という店だ。僕らはその日、夜中2時近くまであちこちで飲んだあと、宿泊先の近くで最後の一杯やろうと思いたった。真夜中だから空いている店が少ない。その中で、この「のらくろ」だけ赤ちょうちんに電気がついてた。中を覗いてみると、大将がひとりでご飯を食べていた。彼は僕らに気がつくと「いらっしゃい」ー×10と、店の中から威勢よく連呼した。大将は根っからのエンターテイナーで、一人芝居をしながら僕らを終始飽きさせなかった。素晴らしい。言葉では伝わりにくいが、青森に行く機会があれば、皆さんもぜひ行ってみてもらいたい。きっと楽しめるはずだ(笑)



2012年2月25日

120225g.jpeg昨日から仕事で青森県に来ていて、縄文遺跡と青森県立美術館にいった。美術館はとても素敵な空間で、特にシャガールの巨大な三枚の絵は圧巻だった。興奮止まないまま居酒屋に行ったら、座敷にねぶた祭りの顔が飾ってあった。こちらも迫力があったので、思わず写真を撮ると、同行した後輩キヤマにねぶた風コブラツイストをかけた。
青森は楽しいなー。


2012年2月21日

120221g_R.JPGのサムネイル画像ダンススクールの会員になりダンスを始めることにした。
僕がダンスを踊れると思っている人達は多いと思うが厳密にいうと踊れない。学生時代クラブに通っていたのと格闘家を引退してから3ヶ月だけロボットダンスを習っていた為、なんとなく踊れるがほぼ我流である。
ダンスはカウントを数えながら踊るのものらしいが、僕は踊るときカウントすら数えられない。
なぜWORLD ORDERのライブなどで踊れているかというと、歌詞に合わせてタイミングをはかり、メンバーの動きを横目で見たりして踊っていたからだ。
しかし、このままでは今後のミュージックビデオやライブの表現に支障をきたすと思い始めたのだ。
そして先日、緊張しながら初めてクラスに出たら、隣にいた生徒の女子高生が優しく声をかけてくれた。心細いときに声をかけられるのはありがたい!がんばるぞ( ´ ▽ ` )ノ



2012年2月15日

120214g_R.JPG昨夜、バレンタインデーということもありレスリング部員の学生達に焼肉をご馳走してあげることにした。
僕は焼肉屋に連れて行くと言ったものの体育会系二十数名ということでお財布の中身と相談しながら若干ヒヤヒヤしていた。しかし、学生達に「監督はしょっぱいな」と思われないよう余裕をかまして高尾駅近くにある「いくどん」という焼肉店へと向かった。店に入るなり僕は大将に食べ放題でやってもらえないか相談した。大将はゴツイ体育会系の男子をみて一瞬顔が曇ったが何と2500円!でやって頂いた。
いくどんありがとう!
予算を大幅に抑えることができたので新四年生たちを連れて次の店にいく途中たまたま拓大女子○○部員達がいた。そしたら意気投合して一緒にカラオケに行けることになり学生達は一気にテンションが上がった。リアル、ボーイミーツガールだ。青春という名の楽しい時間を過ごすことができた。
その日の夜中、トイレに起きたとき学生と廊下ですれちがった。僕が声をかけるとどうやら眠れないらしい。
「監督、いままでこんな気持ちになったことがないんです。今日あった彼女を思うと胸のあたりがモヤモヤするんです」
「それは恋だね」
「やっぱりそうですか...」
彼は彼女の連絡先を交換していた。素敵なバレンタインデーだ。



2012年2月11日

120210g.jpg.JPG日本に帰ってきた次の日、時差ボケのせいで眠くなったので昼寝しようと布団に入った。するとプーちゃんが付き合って一緒に寝てくれた。これは癒される。あー、幸せ( ´ ▽ ` )



2012年2月 5日

120205g2_R.JPG今日はグレコローマンスタイルが行われた。
グレコローマンは足を使わない上半身だけで戦うスタイルであるということもあり、外国人選手のパワーを見せつけられた。結果はメダルには届かなかったものの、二人の選手が準決勝まで行き善戦した。
これで今回の海外遠征が終わったがみんなよく頑張ったと思う。僕も昨年から日本代表学生チームの監督に就任したが、だいぶ海外試合での大切なポイントを覚えてきた。これから監督として選手と共に成長していきたい。みんな素敵な時間をありがとう!



2012年2月 4日

120204g2.JPG120204g1.JPG雪が降る中、フリースタイルの試合が行われた。
外は寒いものの会場内は選手達の熱気で溢れかえっていた。外国人選手のパワーと標高1800m近くある会場でのスタミナロスにより、どの選手も苦戦した。そんな中、55kg半田選手と84kg山口選手が激戦のなか三位の銅メダルを勝ち取った!
明日はグレコローマンスタイルだ。フリースタイルに続きベストを尽くして頑張ろう\(^o^)/




2012年2月 3日

120203g1 (2)_R.JPG今日はフリースタイルの計量日(グレコローマンは明日)。減量がある選手は計量が終われば好きなものが食べられる。僕も選手と共に戦う気持ちで一緒に練習して食事も節制している。
食事と言えば朝昼晩と三食、滞在先のオリンピックトレーニングセンターで取るのだが意外と飽きない。2日目で飽きると思ったが三食ともブュッフェの内容が変わる上なかなか美味しい。
僕のお気に入りはチェイダーチーズをトルティーヤに挟んで目の前で焼いてくれるものだ。
あと、オリンピックトレーニングセンターと言うだけあり、お酒が敷地内にないので僕は3日お酒も抜いている。
日本にいるときは毎日欠かさずお酒をのんでいる僕としては健康的な環境だ。



2012年2月 2日

120202g.JPG試合前の合同練習が行われた。選手は減量などもあり各自ペースはまかせているが、せっかくの機会であるので極力外国人選手と肌を合わせた方がいいとみんなに伝えた。
「外人達は力が半端なく強いです」とみんな口を揃えて言った。僕も外国人選手とは何度も戦った事があるのでとてもわかる。
僕は格闘家のとき、どうやって外国人選手の強い力に対応したかというと、相手の力に対して自分は100%の力で抵抗せずにいた。勝負どころ以外は適当に力を抜き、たまにロープやコーナーに抑えこまれて力を温存しての戦いが常套手段だった。そしてタイミングを見て「やられたフリ」をする。すると大抵、相手の選手が気を緩めるか、調子に乗ってくる瞬間があるので、そこでこちらが仕掛けて勝負していた。死んだふりは意外に効く。なので芝居は本気でやった。「熊が現れた死んだふり選手権」があれば僕はチャンピオンになれる自信がある。
戦術は向き不向きがあり、レスリングにはロープやコーナーがないので通用するかはわからない。しかし選手達が少しでも有利になるようアイデアを出していこうと思う。




2012年2月 1日

12020g2.JPGデーブシュルツ国際大会のレスリング日本代表の監督になり、昨夜アメリカのコロラドに着いた。僕ら日本チームは大会場所であるUSAオリンピックトレーニングセンターに宿泊している。
ベッドが三つあるだけの質素な部屋だが、寮生活やバックパッカーをやっていた僕としてはユースホステルみたいなノリは好きだ。無駄がない断捨離部屋は快適である。
ちなみに写真は同じ部屋の滝山団長。口ヒゲがあるせいか「団長」という名がとても似合うお茶目な人だ。




2012年1月30日

120130g.JPG先日、僕の格闘技の恩師である木口先生が住んでいる江ノ島に遊びにいった。
先生とご飯を食べに島に渡ったらネコがたくさんいるではないか。流石は猫島と呼ばれるだけはある。ネコ達はご飯をたらふく食べているせいか例外なく招き猫のように丸々と太っていた。しかも警戒心があまりない。写真を見ての通りバンザイしながら寝ていたりして、ナデナデし放題だ。
また近いうち江ノ島ネコに会いにいこう( ´ ▽ ` )ノ




2012年1月24日

120124g.png ライブも終わりいよいよWORLD ORDERの新作にとりかかっている。今回は曲、パフォーマンス、撮影のロケーション決めを同時に進めているが、撮影場所がほとんど決まっていない。なぜなら今回の作品は撮影場所によってだいぶパフォーマンスの見え方が変わってくるからだ。
ネットや雑誌などを買い漁ってイメージ作りをしていると何だか旅をしたくなった。うーん、来月あたりロケハンという口実で一人旅でもしよう。ワクワク( 'Θ' )



2012年1月19日

120119g3.JPG今回のWORLD ORDERライブツアーを無事に終わることができました。ライブに来て頂いたファンの皆さんそして、関係者の皆さんありがとうございました!今回来れなかった方がいらっしゃると思いますが今年も国内でライブを計画していますのでぜひ遊びに来て下さい。
僕は久しぶりに北海道に帰ってきました。暖炉の前でブルーマウンテンコーヒーを飲みながらボリバーの葉巻をふかしております。冬の北海道は敬遠されがちですが、冬に寒い場所は意外にいいですよ~。




2012年1月13日

120113g.jpg今日、DELLのマイケル・デル会長兼最高経営責任者の前でWORLD ORDERのライブをした。
実は「デルさんにWORLD ORDERのパフォーマンスを気に入ってもらいDELLの広告にグローバル展開してもらえるかも~☆」という下心があったので僕は緊張していた。ライブ前にデルさんとお話する機会があったが、とても感じの良い方であった。そのおかげで下心を忘れて緊張せず楽しくパフォーマンスが出来た。
明日はいよいよ渋谷公会堂だ。今日のパフォーマンスのように下心を忘れ(笑)リラックスして楽しみながらベストを尽くして楽しもう( ´ ▽ ` )ノ




2012年1月 6日

120105g1.jpeg皆さんはお正月はいかが過ごされただろうか。
僕は毎年恒例の格闘技イベントのテレビ中継がなくなったので、久しぶりに友達と年を越すことが出来た。
新橋に集まり夜中の三時まで居酒屋を三軒ハシゴした。帰りにラーメンでも食べて帰ろうと思ったが、元旦にあいている店が流石に無い。諦めて帰ろうとしたが、友人のミコガイくん(108kg)が「ラーメンを食べるまで僕はお家に帰りません」と駄々をこねはじめてしまったのだ。仕方がなく僕らは夜中の新橋をひたすら歩きまわったが、結局見つからない。しかし、コンビニにカップラーメンがあることに気がつき、やっとの思いでありつけた。外には誰一人歩いていなかったので僕らはコンビニ前で食べることにした。ミコガイくんはお行儀よく正座をしてありがたそうにラーメンをすすった。
今年は素晴らしい年になりそうだ。



2012年1月 1日

PB220675_R.JPG明けましておめでとうございます。
2012年からは「自分が与えたものは自分に返ってくる」というたった一つの宇宙の法則のチカラがより強くなってきます。ですから何事も慌てず人生を楽しんでください。
僕自身の目標はいつも通り、すべてを肯定的に捉え、憶測で物事を考えず、毎瞬毎秒ベストをつくして生きることです。
友人ミコガイくん(108kg)とそんな今年の目標話をしていたときに「あっ、そう言えばライブの打ち上げにいた○○ちゃんと○○ちゃんは僕に惚れていると思うんですよ。どうしよう」と言ったら「ふむー。それは憶測で物事を考えていますね」とミコガイくんは焼き鳥をモグモグとほおばりながら言った。...ま、まだまだ半人前の僕ですが皆さん今年もよろしくお願いします!


2011年12月29日

111229g2.jpeg明日はWORLD ORDERのライブですが、気持ちを込めながら楽しんでやりたいと思います。
そして今年一年、応援ありがとうございました!激動の一年でしたが、来年からは平和な世の中になっていくようにどんどん活動していきたいと思います。
皆さんも今年わずかですが毎瞬毎秒ベストを尽くし楽しんでお過ごし下さい( ´ ▽ ` )ノワーイ


2011年12月28日

111227g.jpg友達や知り合いに「Facebookをやっていないの?」と言われる機会がよくあったので、先日はじめてみた。 実は「イケてる奴はFacebookをやっている」みたいなところが、江戸っ子の僕には鼻に付いて手を出していなかったのだ。しかし、実際やってみるとなかなか楽しかった。 そうこうしているうちに、Facebook関連のメールが数時間で何十通も来て対応におわれた。基本、無精な僕は面倒くさくなってしまい、一日で撤退してしまった。 適当な僕にはTwitterくらいが丁度いいかもしれない(>_<)

2011年12月24日

111223g.jpg今日行われたレスリング天皇杯で見事、拓大の高谷キャプテンが優勝した。これで来年のロンドンオリンピックに一歩近づいた。
米満選手や湯本選手など何人かの拓大後輩もオリンピック候補なので機会があれば僕もオリンピックを見に行ってみたいと思う。
とにかく高谷キャプテン、おめでとう&四年間お疲れ様。このままオリンピック出場権を取って金メダルだ!


2011年12月16日

僕の13冊目の新刊「須藤元気のつくり方」が発売された。始めて格闘技について書いた本である。何かだかんだいいながら、僕は格闘界で育ってきた人間だ。収束を迎えつつある格闘界に少しでも頑張ってもらいたいとも思っている。
そのため、言いたい事を好きに書いた。いろいろ問題があるだろうが、解決してまた格闘界が盛り上がってもらえれば嬉しいかぎりだ。


2011年12月10日

ビオラを習い始めた。というのは冗談である。イベントのリハーサルで触らせてもらった。ビオラは思っていたより軽く、簡単そうに見えた。しかし、いざ弾かさせてもらうと「ギィーッ」と酷いノイズが周りを包みこんだ。そんな僕を見てビオラを貸してくれた女性は「じょうず、じょうず」と手を叩いて褒めてくれた。
「ふふっ、ありがとうございます」僕は褒められて気分良くノイズを奏で続けた。彼女は僕を褒め続けてくれたがまるで子供に褒めてるみたいだった。それを伝えると「私、子供達にビオラを教えているんです」と言った。うん、僕は子供だ!


2011年12月 6日

おかげさまで年末年始のWORLD ORDERのライブチケットが完売した。
想像以上にたくさんの問い合わせを頂いたので渋谷公会堂で追加公演を行うことになった。チケットを取れなかった方はこの機会にぜひ来て頂きたい。
ちなみにこの写真はロサンゼルスに言ったときにリムジンの中で撮ったものだ。何故かホストクラブ風に見えるのは僕だけだろうか。


2011年12月 1日

久しぶりに北海道へ帰ってきている。今朝晴れていたと思ったら突然、雪が降ったので暖炉に火を付けた。昨夜、ジャズのライブに行ったときに購入したCDをかけながら、暖炉の前で葉巻とコーヒーを飲んだ。
スピーカーから流れるジャズの音が葉巻とコーヒーの香りと共にスウィングした。シアワセダ( ´ ▽ ` )ノ

あっ、新曲2012の歌詞のせておきます。


2012

つみ重ねた歴史が 終わりを告げ
文明周期の記憶 よみがえる
知らない世界を思い出して
未知なる出会いが 現れてく

Perfection is when we're here
Perfection is where we're going to
周期の終わり 進化の開始
銀河の時代に僕らは目覚め
七方向に祈りささげ
浄化のために歩みだそう
Perfection is when we're here
Perfection is where we're going to

虹の橋向こうからだれか叫ぶ
沈黙の力に 意識ゆだね
光りの糸で夢 つむぎだして
知らない世界の 扉開く

Perfection is when we're here
Perfection is where we're going to
終わりの開始 浄化の開始
銀河の起源に僕らは帰る
3オクターヴを僕ら見送り
完全5度に酔いしれよう
Perfection is when we're here
Perfection is where we're going to



2011年11月26日

先日久しぶりに地元に帰り、友達と飲みに行った。飲み始めてからしばらくすると友達の1人が「誰か女の子こないかな」という一言を放った。その一言がみんな携帯の電話帳を検索し始めるスタートの合図となった。30才過ぎてもやはりみんな男である。男子会をするとおのずと女の子の話になり、約2時間後に女の子の友達や知り合いを呼べないか探すのだ。そして電話してもお酒の勢いというのが大抵バレてしまい、撃沈するパターンが9割以上をしめる。
この時も結局誰も呼べなかったので、僕らはWORLD ORDERの「Boy meets girl」のミュージックビデオのような展開を期待したが、女の子だけのお客さんは来なかった。「Boy meets Boy」の夜は少しだけ寒く感じたが熱燗が美味しく感じた。

2011年11月19日

先日、放送された「金スマ」にWORLD ORDERが出演した。このおかげで、いままでよりも多くの皆さんに知ってもらえた気がする。
実は来月でWORLD ORDER結成をして2年が経つ。日本のメディアで取り上げてもらう機会が少なかったが、焦らずに良い作品を造っていこうとメンバーで頑張ってきた。だから今回の露出はメンバーみんなで喜んだ。早いも遅いも無い。すべては完璧なタイミングなのだろう。これからも日々精進して世界中のファンの皆さんに喜んでもらえる作品を造っていきたいと思う。

2011年11月13日

内閣総理大臣杯で見事拓大レスリング部は優勝した!団体優勝が決まる最期の試合前、僕は客席の裏側で1人で瞑想を行った。それくらい精神的にもギリギリの戦いの中での優勝であったので、嬉しいと同時にヘトヘトになった。
今年、学生最期の大会を無事に勝利を勝ち取った学生達に感謝したい。
みんな青春を共にありがとう(^O^)/

2011年11月 6日

学生最後の大会である内閣総理大臣杯が今週末行なわれる為、学生達は追い込みをかけている。
僕も学生に負けじと気合いを入れてウエイトした。僕がウエイトで気合い入れても仕方ないが、とにかく追い込んだ。話は変わるがTシャツを着ている時よりも、裸でウエイトすると効いている感じがする。それはたぶん筋肉に意識を向けることが出来るからだろう。何をするにせよ「意識」して行動することが大切なのだ。

2011年11月 1日

先日、WORLD ORDERの新作ができあがってから、久しぶりに外で練習した。年末年始のライブはもちろんだが、さっそく次の作品作りにも取り掛かっている。きっと次のライブもミュージックビデオも、最高のパフォーマンスをお見せできると思うので楽しみにして頂きたい。時間は止まらないので、僕らも止まらずに突っ走るゾ(^O^)/

2011年10月25日

新作のミュージックビデオが完成し、YouTubeに公開した。タイトルは「2012」。
1つの文明周期が終わり、そして新たな周期が始まるのをテーマにした。今、世界は混沌としているが、必ず誰もが幸せになれる世界がやって来るのを僕は信じている。みんなも新たな輝かしい未来を作る為に一緒に動きだそう!
自分が変われば世界は変わるのだ(^O^)/ YouTube

2011年10月23日

僕の師匠である塚本徳臣選手がみごと全世界空手道選手権で優勝した。
塚本さんは21才で世界大会を優勝して37才で再び最年長記録で優勝したのだ。そして塚本さんは今日引退した。
塚本さんは継続して努力し続けることの大切さを教えてくれた。強さとは美しさということを教えてくれた。
弱気になったり情けないことを言う僕にいつも勇気づけてくれた。…優勝したとき僕は人の試合で始めて泣いた。天才的な師匠の最後を見れたことに感動した。塚本さんは最後まで天才だった。

2011年10月20日

先日、友人ミコガイくん(108kg)と公園に行って日焼けをした。
魚肉ソーセージをツマミにしながらビールでホロ酔いになり僕らは芝生で裸になった。
「うーん」突然ミコガイくんが唸りだした。
「どうしたんですか?」
「僕の脇の下が白いのが気になります。僕はウエルダムが好きなんです!」どうやら全身こんがりと焼きたいらしい。
「それなら腕をあげたまま横になればいいですよ」と僕は的確なアドバイスをした。
「なるほどー」とミコガイくんは満足そうに眠りについた。
僕はその姿を見ながらビールを飲み、ゆったりとした時間を過ごした。

2011年10月14日

僕の親父が還暦を迎え、家族でイタリアンレストランでパーティーをした。「60才なんてあっという間だから突っ走れ」と、とても嬉しそうな顔をして親父は僕に言った。
還暦になると年をどのようにとったか顔にでるものだ。
僕も60才になったら親父のような顔になりたい!……ようななりたく無いような(笑)

2011年10月 8日

スティーブジョブズ氏が亡くなり、時代の大きな変化を感じる。日本国内でも、小沢一郎氏や山本太郎氏など、多くの勇気ある人達が顔の見えない「敵」と戦っている。
僕はどちらの味方とも言わないが、ただ3.11以降、情報というものはその人の意識にかなったもの、望むものしか耳に入らないということを学んだ。大手メディアの「加工」された情報を鵜呑みにせず、自ら納得行くまで調べ、自らの責任で判断することの大切さを知った。何が良くて何が悪いのか、いつだってこの世界はパラドックスだ。
話は飛ぶが、今朝プーちゃんが久しぶりに僕の布団の中に入ってきた。夏は終わり秋がやってきた。あー、柔らかい(`・ω・´)

2011年10月 2日

ボランティア活動をしてちょうど今日で半年が経つ。
今思えば3・11の空前絶後の災害を前に、僕は一瞬思考停止に陥り、自分の無力さに打ちひしがれた。しかし、次の瞬間、助けが必要な人が東北にいるのに何かしたいというみなさんの思いに突き動かされ、Team WE ARE ALL ONEというボランティアチームを立ち上げ、4月上旬現地へ向かうことができた。
それ以来、世間の関心が薄れ、ボランティアが減る中でも、僕らはほぼ毎月一回のペースで災害復旧の支援活動をつづけてきた。僕らの活動自体は小規模で微力だったが、それでも困っている人を助けたという熱い気持ちは、被災された方々にも伝えられたように感じる。
そしていま、東北の被災地の復旧活動も、手作業の段階から重機を使った土木作業のレベルへと移行している。僕らができる支援活動も、そろそろ1つの使命を終えつつある。
そこで、本日のこの時点で、これまで半年にわたって続けてきたTeam WE ARE ALL ONEとしての東北での支援活動を一旦総括し、皆さんからお寄せ頂いた活動支援金を精算し、次の活動ステージへ目を向けて行きたいと思う。
今後の活動の方向性については、有志メンバーたちと相談して後日ご報告したい。
Team WE ARE ALL ONEに参加、カンパしてくれたみなさんに、ここで改めて感謝したいと思う。ありがとう。
WE ARE ALL ONE!

2011年9月25日

ボランティア第五次派遣に行ってきた。今回は第一次に行った石巻だ。現場では別グループのボランティアの人達を見かける機会が少なく、「人」から「重機」。「フィジカル」から「メンタル」へシフトしつつあるのを感じた。そして、被災者のみなさんはそれぞれ環境は違うがベストを尽くしていた。時は流れ続けている。僕らも毎日ベストを尽くそうではないか!

2011年9月22日

ボランティア活動を始めて半年が経とうとしている。
本当に時間が過ぎるのは早いもので、たくさんの現地の人たちと出会いたくさんの仲間が出来た。
そして行く度に被災地の状況が変わっている。メンバーと共にニーズに応えるべく活動内容を変えている。そんな活動報告を10月1日に渋谷シダックスホールで行うのでぜひ足を運んで頂ければと思う。
写真は関係ないがメイちゃんだ。かわいい。

2011年9月18日

みなさん、京都でオススメ店をたくさん教えて頂き感謝。すべては行けなかったが一気に京都通になった感じである。せっかくなのでいつかすべての店を制覇したい。
京都での撮影後、久しぶりに北海道に帰ってきたが、近所の井上さんが蕎麦屋を始めていた。早速食べに行ったが田舎風でコシがあり美味しかった。味覚と美的センスは繋がっていると聞いたことがある。美味しいのを食べ続けたので次のWORLD ORDERの作品は美しく出来そうだ(^O^)/

2011年9月14日

今、仕事のため京都に滞在しているが昨晩、京料理を食べに行った。僕はとくに「ハモの落とし」が好きである。これがまた日本酒と合うのだ。
昨日の行ったお店はハモをはじめ京野菜など、とても美味しかったのでまた行きたいと思う。
実はまだしばらく京都に滞在するので皆さんオススメのお店があったら教えて下さーい!

2011年9月 6日

昨日、「日印グローバルサミット」でWORLD ORDERのパフォーマンスを披露した。
僕らがパフォーマンスをやる前にイベント会場をこっそり覗いてみると(僕らのユニフォームがスーツなので怪しまれない)元首相の鳩山さん安倍さんなどのVIPがいた。そして何とあのタタグループの会長がいるではないか。僕はタタさんの本を読んだばかりなので興奮した。彼は自家用ジェット で当日飛ばしてきたという。放浪癖のある僕も自家用ジェットを購入したい。そしていつか思いついたその日にタージマハルを見にいこう。…なんて(笑)

2011年9月 1日

今年も夏が終わった。振り返ってみるとなかなか多忙であった気がする。そういえば夏恒例のバーベキューも一度もやらなかった。
秋は少しゆっくりしようかと思ったが、そうもいかない。なぜなら今、この世界の踏ん張りどころだからだ。2012年に向けて動き続けよう。新しい時代の幕開けだ( ´ ▽ ` )ノ

2011年8月28日

今、サウンドクリエイターのワタナベタカシさんと、WORLD ORDERの新曲を作っている。今回のテーマとなるキーワードは、完全五度、銀河の調和、螺旋回帰だ。かなり独特な音に仕上がってきたので楽しみにしていただきたい。
あっ、年末にライブやる予定でーす!

2011年8月23日

ベストセラーになっている古賀茂明氏の日本中枢の崩壊を読んだ。官僚組織の複雑さや利権に対する人間のエゴが垣間見れ勉強になった。
実は僕の親戚のおじさんは大手電力会社の重役である。先日、話をする機会があったが、やはりおじさんは大変そうだった。おじさん自身はとても勉強家で素敵な人なだけに、何が良くて何が悪いのかわからなくなった。

2011年8月18日

徳山大学でレスリング合宿に参加している。今月末にインカレを控えているため減量中の学生達もいて、なかなか辛そうだ。僕も学生時代の夏合宿は辛かった記憶がある。今は監督の立場としての参加だが学生達の鍛えられた肉体を見たら、僕も鍛えたくなった。なぜなら明日は学生を連れて海に行くからだ。
「ちょっとはマッチョになって、女の子たちにキャーキャー言われたい」と気合いを入れてトレーニングしていると、徳山大学の学生達に「明日は頑張ってください!」と励まされた。うーん、僕は監督というより先輩だね。

2011年8月15日

アメリカから帰ってまだ時差が慣れず朝4時に起きてしまう。そのおかげでといっては何だが原稿がはかどる。早朝なので誰にも邪魔されることなく近所のロイホでコーヒーを飲みながら黙々と書いている。実は現在、原稿が2つ抱えていて大変かと思っていたのだがどうにかなりそうだ。近いうち合間を縫って海に遊びに行こうと思う。たのしみ\(^o^)/

2011年8月11日

アメリカから帰ってきた。実はこの日に僕の後輩がやっている田町のブラボという加圧トレーニングのジムを借りてWORLD ORDEの深夜練をやった。
多少眠くはあったが新曲の振り付けの一部が出来た。体力的に加圧がかかっていたものの朝方になり少し元気が出てきたので、帰りに「久しぶりだからちょっと一杯だけ行こうか」とメンバーに声をかけた。といっても朝の5時にやっている店など無い。そこでコンビニでビールとツマミを買い、人に迷惑のかからなそうな路地裏で密やかに乾杯した。朝、鳥の鳴き声と飲むビール。何だか学生時代を思い出した。

2011年8月 9日

サンフランシスコに来てさっそくオイスターバーにやって来た。この店は60年以上もやっていて朝8時から開店しているという。
さっそく禁欲から開放された僕はダムの壁が壊れたように朝7時30分から1人でならんだ。と言っても朝からカキを食べに来る人はおらず( 並ぶ必要は無かった)カウンターだけのこの店を貸切してしまった状態だ。カキ、ハマグリ、カニを頂いたが胃に染み渡るような感覚を覚えた。
僕にとって修行の後の甲殻類はサウナの後のビールだった。しあわせ( ´ ▽ ` )

2011年8月 7日

今回の旅はシャーマンのルハン・マトゥスという方から「龍の涙」という技法を学ぶ旅だった。時差ボケのおかげで深夜練習を1人で黙々と続けたおかげで何とか覚えることができた。「龍の涙」とは何かというと…それは後日、一冊の本にまとめたいと思うのです楽しみにしてもらえればと思う。とにかく究極の禁欲生活だった。帰りにサンフランシスコで甲殻類を食べまくりたいと思う。

2011年8月 5日

アメリカに来て6日たつが、滞在中僕は一つの決め事している。それはローフードに徹する事だ。ローフードとは食材そのものを食べる。そのため加熱したものなどは一切とらない。
ホテルの近くにローフードのカフェがあるので朝は野菜ジュースに青汁二種類をショットで飲むのが日課だ。昼はサラダバー、夜は部屋でサラダとフルーツとナッツという、行者みたいな生活である。
初めの4日ほどはキツくなると聞いていたが初日から身体が重くなり口内炎ができた。好転反応らしく順調にデトックスが進んでいるみたいだ。

2011年8月 2日

僕は今、サンフランシスコから4時間ほど北上した街にいる。その宿泊しているホテルに、ウチのプーメイさんに劣らない可愛いネコがいるのだ。今日、そのネコがロビーにいたのでなでなでしてあげると、ネコは僕を部屋まで先導してくれた。そしてドアを開けるなり中に入り「さっきみたくなでなでして」といきなり横になった。
「君は自由でいいね」とネコに言うと「ここはあたしの家よ」と言われた。「その通りだ」
僕はまたなでなでしてあげるとゴロゴロいいだした。
あまりに幸せそうだったので「今日良かったら僕の部屋に泊まっていってもいいよ」と言うとネコはいきなり起き上がり部屋を出ていった。「ツンデレというやつだね」残された僕は一人で呟いた。人でもネコでも仲良くなるにはそれなりの時間が必要だ。

2011年7月30日

いまから仕事でアメリカ西海岸に行ってくる。仕事といっても気分はプライベートな旅行に近い。
成田空港でワクワクしていたら、ロビーのビジョンでワールドオーダーのビデオが流れていた。思わず写真を撮りまくってしまった。何だかシンクロの流れてに乗っている気がする。ワクワク。

2011年7月24日

気仙沼大島の海はとても綺麗で、僕の好物のカキやホタテの養殖も盛んらしい。しかし、津波によってすべてダメになってしまったという。
「早く復活して欲しいですね」と朝、僕のチームの本部長が滞在している民宿の女将さんと話をすると、「しばらく無理なのよ。重油が海底に溜まっているの」と言われた。
ここ気仙沼には石油コンビナートがあり崩壊して炎上した場所だ。「あの時は船も津波で流され海が炎で包まれて…。逃げ場を無くしたから死を覚悟したわよ」「でも、今はボランティアの人達には助けてもらって本当に感謝している。ありがとうね」と女将さんは泣いた。
今日は「瓦礫と共に悲しみが消えていくんだ」と思いながらツルハシで瓦礫を壊しスコップで片付けた。
昨日に続き連打したので手が痛い。しかし、この世には「満足感がある痛み」があると知った。
Team WE ARE ALL ONE!
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2011年7月23日

ボランティアで気仙沼大島に来ている。離島ということもあり、復興が遅れている。まだまだ半倒壊の家が至る所にあった。これはペースを上げてやらなければと思い「しゃいしゃい。しゃいしゃーい」声をあげながら、手にしたツルハシで地面を打ち続けた。気分は高橋名人だ。しかしファミコンのボタンのように連打していたら一時間でへばってしまった。ペース配分は大丈夫だと、メンバーに言っておきながら情けない。
明日は僕のペースでベストを尽くそう。がんばれ自分。
Team WE ARE ALL ONE!
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2011年7月17日

日本に戻り久しぶりの北海道の家に帰ってきた。夏の北海道はとても過ごしやすい。プーメイが芝生を駆け巡る姿を眺めながら外のベンチでコーヒーを飲んだ。そして先日発売された僕のボランティア体験記「WE ARE ALL ONE」をあらためて読んだ。何気ない日常にこそ幸せがあることを感じ、芝生で横になっているプーメイを抱っこして彼女たちのお腹に顔を埋めた。そしたら2人とも「早くこの時間が過ぎ去ればいいのに」という表情をした。
「久しぶりに会うのに冷たいだね」と僕はプーメイの抜け毛だらけの顔で言うと、2人は「ニャアー」と声を揃えて鳴いた。
うん。僕はネコが好きだ。

2011年7月12日

ロサンゼルスで行われたMicrosoftワールドワイドパートナーコンフィレンスのライブを無事に成功させた。
イベントのオープニングで、ほんの少しだが日本で起きた震災を英語でスピーチをしたりとパフォーマンス以外にもいろんな経験が出来た。
僕も日本に戻ったら、東北の復興支援ボランティアに行く予定だ。皆さんも、気力体力に自信のある方はボランティア・バスツアーに参加してもらいたい。
一つになって前に進もう!

2011年7月 8日

今日、旅の最終地点フロリダの先端、キーウェストに着いた。これでカナダの国境線にあるフォートケントから3800キロ以上を走るアメリカ縦断の旅が終わった。
北から南へと移動する旅であったが、僕の気持ちはいろんな方向へと移動していた気がする。その象徴的とも言える場所がマイアミのAmerican airlineアリーナに立ち寄った時だ。2003年、格闘家現役時代にもっとも苦しく厳しい試合をした場所だ。その試合を、僕は今まで映像でみたことが無かった。避けていたのだ。しかし、この旅の途中で初めてこの試合の映像を見て、そしてこの場所に来たときに過去を精算出来たような気がした。自分の見たくないところを見ることこそが成長だという事実に気がついた。
みんなそれぞれに地上最後の戦いがあるのだろう。

2011年7月 4日

ジョージア州オーガスターにやってきた。実はサウスカロライナ州との境にボーゴ原子力発電所があるとのことで取材した。
オバマ政権は三十年振に原発をこの場所に作ろうとしているが多くの地元の人達はそこまで反対しておらず、それ以上に竜巻を恐れていた。遠いリスクより、みじかなリスクをさけたいのは当たり前なのだろう。
それを表すかのように原発の横の川で子供連れの家族たちが水遊びをしていた。とても楽しそうだった。

2011年7月 1日

僕はアメリカの旅に戻った。
今日、ノースカロライナのファイエットビルという所にある米軍基地の前に、ベトナム料理屋があったので入った。米軍基地のまん前にベトナム料理とはなかなかウィットにとんでいる。しかも店名が「サイゴン」だ。店内に入ると軍服姿の客たちがたくさんいて、美味しいそうに料理を食べていた。僕もエビのフォーを頂いたが、あまりの美味しさに「フォー」とベタに呟いた。何だか60年代サイゴンに来たみたいだ。食事の〆にでるフォーチュンクッキーにはこう書いてあった。
「The only way to have a friend is to be one」
いくら戦争した仲だって、僕らは一つになれるんだ。

2011年6月26日

先ほど、仕事があるため数日間だけの予定で日本に戻ってきた。
日本に戻る直前に、ヴァージニア州にあるオーガニックの牧場を尋ねた。オーガニックというだけに、エサや草に化学薬品は使っておらずとても雰囲気が良かった。
驚いたことに七面鳥の檻の中に入って「クワックワッ」というと「クワックワッ」と、ほとんどの七面鳥が声をそろえて返事をしてくれた。犬や猫と同じようにコミュニケーションがとれたのだ。
そんなことはよそに、オーガニックファームといえどもブロイラーは存在していた。他のファームに比べれば動物たちは幸せだろう。ただ、家畜は家畜だ。僕は七面鳥と鶏のひな鳥を移す作業を手伝わせてもった。そのとき、箱に入れられたひな鳥が2匹死んでいた。少しの間、移動するだけでだ。
今回はテレビのドキュメンタリーの取材なので、家畜の境遇についての個人的意見は差し挟まなかったが、正直なところ胸が痛んだ。
成田行きの飛行機のなかで、僕は七面鳥やブロイラーたちのことがずうっと気になっていた。

2011年6月25日

改めて思うがアメリカはなんでもデカイ。例えば飲み物。みなさんはコンビニとかで売っているエナジードリンクのレッドブルを知っているだろうか。そのレッドブルがアメリカでは普通に20オンス(約600ml)のサイズで売っている。かなりの量のビタミンと糖質が入っているのは確かで、逆にカラダに悪い気がしないでもない。
そんな僕の疑問を解決するかのようにシュガーレスのレッドブルも売っている。しかし、糖質がはいっていないものをエナジードリンクと呼べるのだろうか。アメリカにはたくさんのサイズと矛盾が溢れている。

2011年6月22日

ワシントンでイスラム教徒のコミュニティに取材をさせてもらった。初めてイスラム教徒に会うので僕は多少ビビっていた。何故なら僕が今まで見てきたメディアで見るイスラム教徒は、銃を片手に誰かの写真などに火を付けているものが多かったからだ。
下手なこと言ってジハードと言われ締められたらたまったものではない。
僕のそんな考えを吹き飛ばすかのように、実際に会うとみんなとても穏やかで親切な人達が多かった。どれだけメディアに洗脳され、イスラム教について何も知らなかった自分に反省した。日本の原発問題も然り。世界を平和にするためにもっと勉強しようっと。

2011年6月20日

ニューヨークのブルックリンで毎年行われるマーメイドパレードを見てきた。アメリカのコスプレ集団が道を練り歩くのだ。サブカル王国日本にひけをとらないコスプレのクオリティの高さで、ノリの良さはさすがアメリカである。良い意味でみんなバカだった。
パレードを見終わったあとビールでも飲もうとビーチに行くと大好物のハマグリが売っていた。しかも生で食べれるという。
僕は日が沈むまでハマグリを食べ続けた。来年はハマグリの格好をしてマーメイドパレードに出ようと思う。みなさん殻に閉じこもりながら一緒に参加しませんか。

2011年6月17日

昨夜、ハーバード大学のラグビー部と飲む機会があった。話しを聞くと、みんなそれぞれの夢を持ち、ジェントルマンの名にふさわしい人達であった。そして、飲んでいる途中、突然ラグビー部のユニフォームをプレゼントしてくれた。
感激した僕は「一緒にスクラム組みたいよ」言うとラグビー式のイッキ飲みをさせられ、伝統的な歌をみんなで歌ってくれた。この時、僕は驚いた。なぜなら歌詞に「フ○ック」というワードが四小節に一回は入っており、ジェントルマンから体育会系の青年たちへと変わった。ハーバードと聞いただけで多少ビビっていた下町育ちの僕は安心した。男子たるものこうでなきゃ。一つになれば、いつだってファッキィン・グレートな夜になるんだ。

2011年6月16日

今日はボストンにある造船所に行き、レオンさんという方に船の歴史の話を聞かせてもらった。レオンさんは古い船を修復するプロだ。
作業しているメンバーたちは、宮崎駿監督の名作「紅の豚」に出てきそうな風貌である。
僕も麻を板と板の隙間に入れる作業を手伝わせてもらったが、道具も当時のものを使っているのでなかなかなうまくいかない。しかし、ほのかに甘い潮風を嗅ぎながら気分は船大工の気分になっていた。そう言えば、昔バシャールに僕は海賊をやっていたと言われたことがある。そのせいか昔の船に乗ると妙に懐かしかった。

2011年6月14日

僕は今、アメリカのUSルート1を縦断する旅をしている。カナダの国境にあるメイン州フォートケントという街から、フロリダ州キーウェストまで向かう予定だ。
せっかくアメリカに来たのだからと、ムスタングのコンバーチブルをレンタカーで借りた。が、まだ寒い(笑)
とにかく、アメリカの風を感じながら時代の変わり目を感じる旅にしようと思う。

2011年6月11日

先日、千葉県の大栄という所で「GOTCHA」のゴルフコンペに参加した。ゴルフコンペは初めての経験だ。
「ボールを最後まで見続ける」「七割の力で打つ」と親父から言われていたアドバイスを守ったせいか、大きく崩れることなく、125で回れた。初めてにしてはなかなか良いらしい。ゴルフ以外でも、目標という名のボールを見続けて力を入れ過ぎず楽しくやろう。

2011年6月 5日

僕はレスリング指導後に大好きな時間がある。それは体育寮のお風呂とビールだ。僕が学生時代の体育寮は古く、お風呂に入るほうが汚れるくらいボロかった。そのため、湯船にはけっして浸からない先輩がいたくらいだ。
しかし、今の体育寮は新しく、風呂も清潔感が漂う。のんびりと風呂で半身浴をしたあと、学生達と一杯飲みにいくのがいつもの楽しみだ。
先日、お風呂の後、チャリで学生達と高尾駅の「やる気茶屋」に行った。メニューを見ていると「ガリガリ君サワー」というアイスをサワーにぶち込んだ物があった。
僕は冗談で「今日はこれで乾杯だ」と学生達に言った。
するとみんなで声をそろえて言った。
「ハイ、喜んで」
うん。こいつらはつよくなる!

2011年6月 2日

昨日、大学院の授業中にたまたま間違えて携帯で父親に電話の発信ボタンを押していた。
「ゲンキどうしたー」と休み時間に父親から電話があった。
「ごめん。間違えてかけいたみたい」「じゃ。久しぶりに飲み行こうぜ」
と親父に誘われた。
僕は学校帰りに地元の東陽町の寿司屋に行き2人で語った。始めはボランティア活動や被災地の話だったがお酒が入るにつれ会話が女性の話になった。親子と言えども男子2人である。
「いいかぁ。お前はまだ女性というものを知らない。上手く付き合うコツはな...」と親父は力説する。
そして、寿司屋を出て歩くと親父はいきなり「おい、ゲンキ。ここにガールズ・バーがあるよ。行こうぜ」と言った。
「ち、父上とガールズ・バーは流石に...」
「ええぃ。躊躇するな。何事も経験だ。」
と言う事で親子でガールズ・バーに入った。カウンターについてくれたのは二十歳の女の子だ。その女の子はコンパをした事がないと言うと「なら俺らとコンパしようよ。飲み代は俺が払うから」と親父は真剣に言った。
「はははっ」女の子は一定のリズムで楽しそうに笑い、父親は満面な笑みを見せた。
父親は僕に「少年の心を持ちながら生きる大切さ」を教えてくれていた。まだまだ親父にはかなわないや。

2011年5月29日

東北での被災地支援活動から戻って、気になっていた武田邦彦氏の著書「原発事故残留汚染の危険性」を読んだ。

それによれば、文科省から出されている放射線量の公表値は、あくまで体外被曝だけの数値で、そこに暮らす人の実際の被ばく量は、呼吸と飲食による体内被ばくを計算に入れる必要があるとのことで、それは公表値のおよそ3倍程度になるそうだ。

たとえば、東京での公表値では、都内は0.06マイクロシーベルト(時)前後だが、実際にガイガーカウンターで計ると、いまでも0.1マイクロシーベルト(時)ほど。呼吸と飲食による体内被曝を計算にいれると、東京に住んでいると年間2.6ミリシーベルト前後の被爆をすることになる。ちなみにICRP(国際放射線防護委員会)の国際安全基準は年間1ミリシーベルトだ。

ここのところ、福島市の小中学校の校庭の放射線量が危険すぎると問題になっているが、武田邦彦氏の計算によれば、福島市の最初の1年の被ばく量は53ミリシーベルトになるとこのとだ。子供の放射線に対する感度は大人の10倍といわれているので、子供は1年でおよそ530ミリシーベルト被ばくしているのと同じことになる。校庭の放射線量だけを減らしたところで、生活環境全体の放射線量の高さは変わらない。

この状況を安全だと強弁するヒトたちは、自分の家族を福島市に住まわせてはいないだろうし、もし家族が福島市にいたとしても待避させているに違いない。

いま僕らに必要なのは、他人を自分と同じように気遣う共感のチカラではないだろうか。僕は小さなお子さんがいる福島市のご家族のことが気懸かりで仕方がない。

2011年5月26日

ボランティア活動が終わり、陸前高田市から東京に戻って来た。今回は2回目の支援活動だったが、被害の程度と状況の変化により反省点はいくつかあったものの、みんなで一つになってベストは尽くせたと思う。
まず今回、感じたのは圧倒的に重機や人手が足りないということだった。
災害か起きて3ヶ月がたち、原発以外は話題に出ることが少なくなったのに比例して、ボランティアの数も前回の石巻に比べて少なかった。しかし、現場はまだまだ壮絶である。
助けを必要とする人々がいるかぎり、僕らは最後まで支援し続けたい。それが、この歴史的事件に遭遇した僕らの責任でもあるように思う。
「Team WE ARE ALL ONE」公式サイト

2011年5月25日

今日は、障害者施設「あすなろホーム」の訪問以外は、いつも通りに各班に分かれているメンバーと共に作業をした。
今日の依頼のひとつに、いつもとは違ったミッションがあった。
それは津波で流された家の近辺から「夫婦の記念日に、子供からもらったクマのぬいぐるみ」と、「旦那さんが座っていた椅子」を探して欲しいというものだ。
ご夫婦おふたりで住んでいが、旦那さんは逃げ遅れて亡くなられたとのこと。このエリアは住民の半分の方々が亡くなられたという。
「夫との思い出を残したいんですが、瓦礫の中で探しようがないんです」と奥さんは言った。
「何とか奥さんの力になりたいです」とメンバーのタミが泣きながら言い、みんなも何とかしてあげたいと思った。
その僕らの感情のエネルギーと、タミの涙が現実を動かしたのか、僕らは奥さんの大切な思い出の品を二つとも瓦礫の中から見つけることができた。その時、「おーーっ!」とみんなで声をあげた。
現実が動くのは、感情が動いた時だということをこの時実感した。
これからも感情のエネルギーを動かして、1人でも多くの人達を救おう!
「Team WE ARE ALL ONE」公式サイト


2011年5月24日

今日も昨日に続き3班に分かれ、僕ははピスタチオ班と半壊家屋の解体作業をした。
物を作るのにルールがあるように、解体にもルールがあることを土木作業経験者の家主、大和田さんに教わった。大和田さんはご年配にもかかわらず動きが機敏で、被災者にみえないくらい前向きだ。
「支えのハリを外してしまうと全体が崩れてしまうから危ねえんだ。外枠からバールや木のこで崩していくのがええよ」
「ロープで引っ張るとき、決して手にロープを巻いて引いてはいけないよ」
知っている方ならあたり前のことでも、僕には初めて関節技のテクニックを覚えたときの感覚であった。
そんな感覚に浸っていると、僕の後輩キヤマは「げんきしゃん、今日はなかなかパワー系でしゅね」と言った。
「技術がないから力技なんだ」
「いや、そんなことないでしゅよ。技術もパワーもありましゅ」
「キヤマもなかなか良い働きするね」
「いやー、げんきしゃんに比べたら虎丸と江田島平八郎くらい差がありましゅ」
「うーん、ピッコロとマジュニアくらいの差だと思うよう」
「まかんこうさっぽう。でしゅね」
と、お互いを褒めあいながら頑張った。とにかく力技であったが今日もベストを尽くせたと思う。
多少、技術力もあがったと思うので、明日も気合いをいれてがんばろう!

「Team WE ARE ALL ONE」公式サイト

2011年5月24日

500年の歴史がある普門寺のスペースを借りて、今日から野営である。
朝、ベースを作る前にご住職へ挨拶して本堂に入ると、何百もの遺骨が並んでおり「身元が分からない人たちのものです」とご住職に言われ、手を合わせた。
ベースを作った後、3班に分かれて作業を開始。災害ボランティアセンターに指示された農家がなかなか見あたらず、僕が同行したレスキュー班はタイムロスとなった。(残りはピスタチオ班、親方班)
なぜなら、電話で聞いても、地図を見ても、目印になる場所がなにもなかったからだ。それだけ街が崩れていた。
そんななかで、焼け石に水に近い僕らのボランティア活動でも「本当に来てくれるだけでありがたい」と、どこの現場でも言ってくれた。
陸前高田市は人口の10パーセントに相当する方々が亡くなられているという。そんな厳しい精神状態でも「相手を思いやる気持ち」を大切にして、地元の人達は復興活動を続けている。
僕は何も失っていない。思いやる気持ちをもっと感じ、学び本当の復興の為に活動していこう。
「Team WE ARE ALL ONE」公式サイト


2011年5月23日

朝、陸前高田市の街で作業をした。街はほぼ壊滅状態で、僕らのやれるべきことが限定されていた。石巻市のときはお店や家屋の泥だしがメインであったが、今回は下水の泥出しと田んぼの瓦礫撤去である。雨が降っていたということもあり、前回のボランティア活動のときより体力を奪われた。
しかし、この日は旅館で宿泊させてもらい、温泉に入ってメンバー全員癒された。
温泉は日本の宝だ。

「Team WE ARE ALL ONE」公式サイト

2011年5月22日

今日からボランティアで陸前高田市にやってきた。今日は初日ということもあってか、コーディネーターの後藤さんの紹介で地元の村上さん一家に夕食を招待して頂き、美味しいお酒とお刺身、ナメロウ、山菜を明るく振まってもらった。話を聞いていると村上さんも被災者で、家自体が1mほど浸水していた跡があった。そんな中で知らずに僕ら20人はもてなしをしてもらっていたのだ。
そして、津波が来て車で逃げた話をされ、兄弟2人を亡くし姉がまだ行方不明だという。「(遺体が)見つかって良かったね」が地元の人達の日常の会話だと言うのを聞いて涙がこぼれた。
「しんみりするな~」と村上さんは言いながら目をタオルでぬぐって笑った。
夜のミーティングで、明日から全精力を使いボランティア活動を頑張ることを僕らは誓った。

「Team WE ARE ALL ONE」公式サイト


2011年5月19日

先日、ロサンゼルスに留学していたときの親友ションが2日間ほどアメリカから日本に来ていた。
都内のいろいろな場所に連れていったが最終日の昨夜、「久しぶりに勝負しよう」という話しになりスパーリングをする事になった。
彼は今も格闘技をやっており柔術の黒帯だ。僕は久しぶりに道着に腕を通すと気分が高揚した。
「ション。よく考えたらスパーするの13年ぶりだね」
「ああ。あの時はお前がプロになるという夢を毎日聞かされていたな」
「そうだっけ?」
「お前はずっと言ってたよ。ミュージシャンにもなるって言ってたから俺はこいつは頭がおかしいと思ってた」
「確かに頭がおかしい」
僕らは笑いながら組み合った。その瞬間、「手を抜かずに勝負しよう」と意思疎通をした。
三分間という短い時間だったが「今、ベストを尽くせば未来だけではなく過去すらも変えれる」というのを体感した。なぜなら僕らが会わなかった13年間はたった三分間のスパーリングであっという間に埋まったからだ。
ありがとうション、またいつか時間の波に乗る勝負をしよう。

2011年5月15日


僕の今の気分は文豪だ。
なぜならば、先日から原稿を書く為に都内のホテルでカンズメ状態になっているからだ。「ホテルにカンズメ状態になる」=「文豪」というまるで「漫画家はみんなベレー帽をかぶっていなければいけない」みたいな偏った考えから始めたために痛い目をみている。
今、ダイアリーを書きながら「目がしょぼしょぼするよ」と独り言を言っている状態だ。やはり僕は体育会系。早くお家に帰ってプーメイに顔を埋めたい(・~・)

2011年5月10日

今月半ば過ぎに、Team WE ARE ALL ONEは陸前高田市にボランティアへ行くことになった。
今回は一週間ほどの滞在になるが、前回の経験を生かしてしっかりと作業してきたいと思う!
復興には数年以上かかるかもしれない。しかし、みんなで一つになれば、すべてがよい方向へ向かうと僕は信じている。一緒に立ち上がろう\(^o^)/

2011年5月 7日

先日、友人ミコガイくん(108kg)と友人ヤマダくんの三人で館山にキス釣りに行った。アクアラインがあるおかげで、昔は3時間ほどかかった館山が今は半分の時間で行けるのでありがたい。
朝6時に2台のボート(ミコガイくんは1人)で沖まで出て、緩い釣りをした。昼までやって合計30匹ほどしか釣れなかったが、楽しい時間を過ごした。
東京に戻り磯幸で唐揚げ、塩焼きにして食べたがとても美味だ。あまりのハーモニーに友人2人がまるで兄弟のように見えた。

2011年5月 4日

ゴールデンウィークは北海道の自宅で本の原稿を書いている。東京よりもノイズが少ないせいか文章を書くには北海道の自宅が一番だ。
朝から昼間まで瞑想や体操した後、喫茶店に行き、お茶をしながら原稿を書く。夕方まで書いたら近所の日帰り温泉に行く生活だ。
プーメイさん達はゴールデンウィークが分かるのだろうか。いつもよりゴロゴロしていて幸せそうだ。

2011年5月 1日

先日行われたレスリング全日本選抜で、今年卒業したキャプテン岡本が優勝した。(岡はプレーオフで勝利)これで岡本と岡は九月にトルコで行われる世界選手権に出場する。実は昨年、僕は監督として世界学生選手権へ2人と一緒にイタリアに行ったばかりだ。たった一年で「学生」が無くなり日本代表になった彼らはすごいことだ。教え子と言っているが今回は僕の方が教えてもらった。
それは、ベストを尽くせば必ず結果はついてくる。そして、世界を構築するのは自分自身なのだと。

2011年4月29日

今日、ワールドオーダーのメンバーとライブ後初の練習をした。次のミュージックビデオのフリをみんなで考えたが「machine civilizationを越える物を作るとなると頭だけではなく精霊の助けが必要になる。前のめりになってはいけない」という理由を適当につけて練習を切り上た。
そして、みんなでランチを食べに行き「メンバーだけの打ち上げ」という名目でランチビールで乾杯した。天気も穏やかだったのでユルユルになった。
ふぅー、昼間のビールは何であんなに美味しいんだろう。

2011年4月25日

昨日、無事にWORLD ORDERファーストライブを終えた。来て頂いた皆さんありがとう。そして来れなかった方も次の機会にぜひ来て頂きたい(^-^)/
今回、僕は沢山のことを学ぶことが出来た。本番10分ほどの格闘家時代とは違い、一時間半あるステージでの集中力の保ち方。それにバックダンサー、ミュージシャンを含めると20人近いメンバーで作り上げるチームワーク。これらは僕の新たな挑戦に対してサポートしてくれたすべての関係者のおかげだ。
そして改めて最高のメンバーに出会えた事に感謝したい。リョウ、キッキィ、ウッチー、ユウスケ、アッキー、マサトありがとう。これからもたくさんの感動を与えて一緒に世界を変えていこう!

2011年4月22日

新学期が始まり拓大レスリング部も新体制になった。昨日、練習後に4年生達を激励しようと、焼肉店にいった。みんな本当によくお肉を食べる。僕はお肉を食べないので、1人でキムチと海鮮焼きをツマみながら学生達の食べっぷりと話を見守っていた。
実はこの日、女子4人がマネージャーとしてレスリング部に入る事になり、学生たちはこの話で持ちきりだ。僕は監督として立場をわきまえて、話を聞いていた。しかし、だんだん僕も盛り上がってきてしまい、しまいには学生達に「いいか、恋愛とはな…」と恋について語ってしまった。
焼肉店を出た時、学生の1人が「監督は女子マネージャーがきて嬉しそうですね」と、突然言った。
僕は表情を崩さず、黙って学生にタックルした。青春とは年齢ではなくタックルなんだ。

2011年4月19日

今週末にあるライブの練習もいよいよ大詰めだ。なかなかカッコ良い出来になったと思う。僕は最近、「これはモテるかもしれない」というのが口癖になってしまった。本当にモテたらどうしょう。
他のメンバーたちは、僕のそんな口癖を聞くと黙ったまま必ず微笑する。実を言うとWORLD ORDERはムッツリなグループなのだ。そんなWORLD ORDERは嫌いじゃないわっ!(ルナドーパント風)
チケットを取れなかった方が結構多いみたいなので、追加公演や地方でも是非やりたいと思う。いや、やります!


2011年4月17日

今日の朝、ドトールで原稿を書いていたら突然、何処かに行きたくなった。アイチャン(嫁さん)が暇していたので、一緒に車で鎌倉へ行くことになった。
北鎌倉近辺を散歩していると、カフェがあったので中に入るとプーチャン似のネコがいた。僕らがお茶をしていると、そのネコが来て僕の足を枕にして寝るではないか。ふふっ、ネコはネコ好きがわかるのだ。
そんな癒しタイムの後、円覚寺やその周辺を散策してゆるい時間を過ごした。これからworld orderの深夜練習。気合い入れて頑張ろう(^O^)/

2011年4月15日

今日は久しぶりに大学院に行き、学長と今後のお話をした。「須藤、頑張って授業でよう」と、どうしょうもない劣等生である僕に学長はいつも応援してくれている。学長の期待に応えるべく、学食に行きお気に入りのワカメラーメンを食べながら今年の前期に残りの単位を取ることを自ら誓った。
ちなみに、写真は僕がモデルをやっているM.C.DというブランドのチャリティーTシャツだ。良ければチェックしてもらいたい。

2011年4月13日

桜が満開の中、福島原発はとうとうレベル7ということになった。vidonews.comでジャーナリストの神保さんが現地をリポートしていた。放射線が強いのに、気にせず車を進めている。あまりにも軽やかなので、失礼ながら映像を見て笑ってしまった。勇気ある神保さんに敬意を評したい。 その映像のなかで、犬や牛たちが道を歩いている姿があったが、それをみてエサを届けたい気持ちに駆られた。頑張って生きのびて欲しい。

2011年4月10日

昨夜、world orderファーストライブの深夜練習だった。夜11時にスタジオ集合と聞いていたので、身体を休めようと横になったら…なんと寝てしまった。目が覚めたのは夜中2時ころだ。
慌ててメンバーに連絡したら「疲れていると思うので今日は休んで下さい」と言ってくれた。
僕がボランティア活動をやっている間、サブリーダーのリョウを中心にメンバーみんなが最高のライブをやるべく頑張ってくれていたので、とても申し訳ない気持ちになった。みんなありがとう。
話は変わるが今日久しぶりにカップでコーヒーを飲んだ。格闘家の現役時代、減量後に食べるケーキの美味さに感動していたのを思い出した。
知覚が変われば、ありふれた日常には幸せがたくさん詰まっている。

2011年4月 8日

昨夜、チームの消灯時間の夜11時を過ぎた30分後、震度6強の揺れが僕らを襲った。
僕は10時には寝袋に入っており、すでに深い眠りの中にいた。ゴォーッという地鳴りが起こり、今まで体験した中で最大の揺れを感じた。すぐにテントから飛び出すと、外は停電して暗闇の世界が広がっていた。そして、津波警報の不吉なサイレンが街を覆いつくした。
僕はすぐさま、チームリーダー4人にメンバーの点呼を取ってもらい、ベースキャンプにしている大学の建物へ向かうよう指示した。が、メンバーの1人見当たらない。電話をしたが繋がらなかった。とにかく、いるメンバーだけで建物の一階まで避難して、ラジオとネットで津波の到着時刻を確認してもらった。
津波到着予告が12時10分で高さが1m50cmと、メンバーから報告を受けた。まだ15分ほどの時間があった。
そして、自衛隊からその建物の3階に避難勧告が出されたが、まだ1人が見当たらない。とりあえず僕とメンバー2人が1階に残り、他のメンバーは3階に避難してもらった。
しばらくすると、残りの1人と連絡が取れて、すぐに合流し3階に避難した。ちなみに彼はトラックで別の場所に行き、車中泊していて誰も場所を把握していなかったのだ。
3階に行くと、電気がつかないのでいろんなボランティアチームがライトを持って座りこんでいた。重苦しい雰囲気だった。
第1波が到着した時間になったが、幸いにもそこまで大きく無かったが、第2波に備えてそのまま待機。僕はもう一度点呼を取り、チームリーダーとミーティングを行った。そして、福島原発の状態と、高速道路が通行止めになった場合の東京への帰宅の仕方をシミュレーションした。翌朝は僕らのチームが東京に戻る日であったのだ。
福島原発は大丈夫だったものの、案の定、高速道路は通行止めになった。
情報収集していた夜1時半頃、津波警報が解除され僕らはベースキャンプに戻る事ができた。
まだメンバーの興奮が収まらず「まだ足が震えています」と、後輩のキヤマが僕に言った。僕も落ち着こうとお茶を飲んで一息ついた。
ミーティングの結果、途中まで一般道で走り、途中で高速道路が開通したら乗るという予定で帰ることにしたので起床時間を7時半を5時半に変更した。渋滞は避けたかったからだ。
朝、片付けを終わらせ8時過ぎに現地を出発。仙台辺りで運良く高速道路が開通したとのことで、順調に東京へ帰ることが出来た。東京駅近くに5時半到着。
みんな疲れていたものの名残りおしそうだった。僕は最高のメンバーに恵まれて、心から嬉しかった。最後に一人一人と抱き合い感謝して解散した…。
最終日の地震は僕にとって貴重な体験であった。地鳴りと共に激しく揺れ、暗闇の中でサイレンが響く世界は、古い価値観を崩し、光の中で鳥のさえずりが鳴り響く世界を創り上げる合図だったに違いない。闇を感じて光を生みだす。僕らはすべて1つだ。

2011年4月 7日

今日は泥出しの最終日。メンバーはいつも以上に気合いを入れて出陣した。僕は被災者の皆さんが避難している石巻中学校を訪問し、夕方には僕らがベースを張っている専修大学で格闘技セミナーを開催した。
実は先日、格闘仲間のバンゲリングベイの新田選手に声をかけていた。わざわざ東京からキックミットとグローブを持って、外国人選手と一緒に石巻まで来てくれた。
被災者の皆さんに少しでも元気になってもらおうと思い、新田選手と一緒に石巻中学校を訪問した。現在残っている数百人の被災者の皆さんは、家をなくされた方が大半だと言う。学校に着くと、わざわざ校長先生に出迎えて頂き、体育館で被災者の皆さんに挨拶をして欲しいと言われた。僕は被災地に来てから避難所を訪れるのは初めてであった。体育館に入ると、横になられている方々が多く、僕がおじゃまするのは場違いな気がした。
手短にご挨拶した後、外の中庭で大人や子供達と一緒に、ミットやスパーリングをやった。体を動かして、みんな笑顔になってくれた。笑顔のチカラは大きい。
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2011年4月 6日

今日は、みんな疲れが出ていたので、午前と午後にわけて半日休みにした。僕は指揮をするので現場に残ったが、休みのメンバーには女川へ視察に行ってもらった。なぜなら宮城県に来た2日目、僕は女川を視察して文明の転換点はここだと思ったので是非メンバーにも見て欲しかったからだ。
メンバー達は現地に着くと、みんな黙ったという。そう、今でもあの日の感覚は覚えている。女川にはノイズが無いのだ。人間が作ったものがあるのに、音がまったく無い静寂の世界。電気も水道も通っていない瓦礫の中で僕は立ちすくみ、時々鳴る救急車のサイレンが僕に何かを忠告しているかのようだった。
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2011年4月 5日

今朝、石巻の町内会で挨拶を頼まれた。何を話したらよいのかわからなかったが、いつも通りのwe are all oneの話をした。地元の皆さんは真剣な眼差しで耳を傾けてくれた。どのように感じとってもらえたかわからなかったが、何故か僕は胸が苦しかった。
挨拶のあと、この日も泥出し作業を中心に活動を開始した。僕が指揮して各チームに作業場を伝えるのだが、街のいろいろな場所で「手伝いに来て欲しい」と言われ、7カ所に分かれての作業になった。
メンバーにそろそろ疲労が出始めている。僕も編成を考えながら各現場を回っている為、やはり疲れは隠せない。
そんなところに、僕が石巻にいるのを聞いて男性2人がサインをもらいに訪れた。その1人の男性から「妹が元気さんのファンだったんです。でも死にました。家ごと流されまして」と笑顔で言われ、僕は言葉に詰まった。2人が去った後、僕は車のなかで1人泣いた。
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2011年4月 4日

今日は男性チームで昨日に引き続き、陶器屋さん、呉服屋さん、果物屋さん、花屋さんなど商店街を中心に泥を出す作業をした。スコップで一輪車にキツい臭いのヘドロを入れて外に出す作業を延々と繰り返すのだ。ちなみに僕は、子供のころから東京湾で釣りをしていたのでヘドロの臭いは嫌いではない。
さすがに、午後になると僕でも身体が重くなってきた。しかし、みんなはそんなそぶりも見せずに、一生懸命やっていた。
そんな僕らを見て時々、地元の人達に話しかけられる。「家の車が3台流されたんだ」、「自分の店が無くなった」などと言うが、表情は暗くない。災害から三週間を過ぎて、みんな現実を受け入れて、前を見ようとしているような気がした。
そんな印象的な出来事が、午後、現場の近くを視察しているときにあった。
「わざわざありがとうね。どこから来たの」と中年女性が優しい声で僕に話しかけてくれた。
「東京からです。大変だと思いますががんばって下さい」
「ありがとう。私もがんばるからあなたもがんばって」と気持ちを込めて言われた。
そして、その中年女性は家の中に入っていったが、ふと見るとそこのガレージのシャッターに中学生の行方不明者の写真が貼ってあった。その中学生と中年女性との繋がりはわからないが、ご家族なのであろう。僕らは今日も生きている。亡くなった人達の為にも、明るく生きよう。亡くなった人達もそれを望んでいるはずだ。
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2011年4月 3日


今日はWORLD ORDERの通しリハがある為、朝から日帰りで東京に戻る予定だった。しかし、仙台駅まで行ったら新幹線が走らなくなったというのを知った。
WORLD ORDERのメンバーには申し訳なかったが、僕抜きでリハをしてもらう連絡をして東京行きは諦めることに。
仙台駅まで車で送ってくれたボランティア仲間に戻ってきてもらい、石巻で泥出しをしている仲間達と合流した。
地元の人達に話を聞くと、物資は意外にも行き届いていて、泥を袋に入れて運ぶ為の「ドブ袋」がいちばん欲しいと言われた。やはり現場に行かないとわからなからない事が多いものだ。そして人助けというものは、やっている側もやりがいがあるという事に気付いた。終わったあと、人生初のドラム缶風呂(三日振りのお風呂)にメンバー達と入ったが、みんなの表情が輝いていた。人を助けるということは、実は自分を助けているのだろう。「Team WE ARE ALL ONE
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2011年4月 2日

今日はいきなりアクシデントがあった。それは、朝からかなりの強風だった為に、ふたつある大きいテントの一つが壊れてしまったのだ。メンバー2人がテントを買いに遠くまで探しにいったが、結局買うことは出来なかった。仕方がないので、ひとつのテントで何とかみんなが寝れられるように、車3台をコの字形にしてタープを貼るということで対応することにした。4時間以上かけて何とか作り上げた。
しかし、同時に半分のグループは家に溜まった泥を出す作業を一日中やり、何とかTeam WE ARE ALL ONEは初のボランティア活動が出来た。
僕を含む他のグループはベースキャンプ作りが終わったあと、持参の救援物資を仕分け作業してくれる自衛隊に届けにいった。担当して頂いた自衛隊の方に苦労をねぎらうと「仕分けも大変ですが本当に辛かったのは毎日遺体を運んでいたときです。親族が立ち会うわけですから…」とうつむきながら言われた。
一日を大切に生きようと改めて感じた。
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2011年4月 2日

先日、WORLD ORDER のMACHINE CIVILIZATIONという機械文明について歌った新曲PVを公開したが、偶然にも東北地方太平洋沖地震という大事件に遭遇することになった。
僕はこの災害を契機に、人間の価値観は所有や支配から共有や協力へと大きく変わるのではないかと考えている。音楽や芸能の世界も無関係ではない。それに先駆けて、僕はWORLD ORDERが今後発表する楽曲すべてのダウンロードフリーを宣言したい。
YouTubeやクリナビのwebサイトから、WORLD ORDERの新曲をダウンロードして楽しんでもらいたい。
YouTubeから直接楽曲をダウンロードするフリーツールはたくさんあるので、詳しい人は分からない人に教えてあげてほしい。
今、世界は速い速度で変化している。みんなで恐れを手放しクリエイティブなアイデアを出しあえば、近い将来、自然との秩序を保った調和的な世界を作り上げることもそんなに難しいことではないと思う。一緒に輝かしい未来を作り上げよう!

2011年4月 2日

今回僕らが活動の拠点とする場所は、宮城県の石巻である。現地のボランティア組織から、石巻専修大学の芝生にベースキャンプを置くようにと指示を頂いた。
交通規制もあり途中で高速道路を降りたが、一般道のいたるところに車が転がっており何とも言えない気分になった。
道路事情により、現地に着いたのが午後6時。夜の作業は昼間の倍の労力がかかるが、みんなのチームワークの良さでテキパキと設営を進めることができた。
そして、夜も冷え込んでくる中、作業をしていると「ラーメンありますよー」と、1人の女性が僕らに声を掛けてきた。なんと仙台のラーメン屋さんが集まって、ボランティアでラーメンを炊き出ししている。まさしくWE ARE ALL ONEラーメンである。
話によると被災者はもちろんだか、ボランティアの人達の食事の状況も大変だという。
僕らは初日であったが、お言葉に甘えてありがたく頂いた。麺にコシがあり今年1番に美味しかった。
明日から頑張るぞ~

2011年4月 1日

今、24名のボランティアメンバーと車4台で東北自動車道を被災地へ向かっている。
実は一昨日、僕のお供として後輩キヤマを誘ってみようと閃いた。
「被災地に明後日被災地へ行くんだけど一緒に行こうよ」
「ゲンキしゃん、いつも通りいきなりですね」
「行動するときに大切なのはスピードだよ。どうせ暇でしょ」
「むー、原発から逃れようと広島に避難していましたが、やる事なくて東京に帰ってきたばかりなんです…」
「よし、決まりだ。行こう」
「むー、わかりました〜」
ということでキヤマを連れていくことになった。そして今、彼に運転してもらっている。
ありがとうキヤマ、東京へ戻ったら濃いめのウーロンハイを奢ってあげるよ。

2011年3月31日

被災地へ出発まであと2日と迫ってきた。
現時点ではまだ危険性もあるので、現場には少数精鋭で行くことにさせて頂だいた。しかし、復興するまで定期的に活動するので、タイミングがあれば皆さん参加してもらいたい!
昨日、友人イトウくんに作業着ショップについていってもらった。(彼は行かないが)
イトウくんのヒゲ面がやたらショップに馴染んでいたので「ベスト作業着ニストみたいなものがあれば選ばれると思いますよ」と伝えると「一着買っちゃいますかね」とまんざらでもないご様子。(プライベートで着るのだろうか?)そんなやり取りをしながら必要であろう物を選び着々と準備を進めた。

みなさん、たくさんのボランティアの応募と義援金に本当に感謝しております!ありがとうございます(^O^)/

2011年3月27日

今日「TEAM WE AER ALL ONE」のミーティングで山本さん達にお会いしに京都へ行ってきた。
いろいろと情報交換や内容を詰めることが出来て、4月1日から始まるボランティア活動に向け、士気が高まる交流が出来た。
ミーティングが終わった後、東京へ帰る前に東寺に寄ってお参りしてきた。そして近くの居酒屋で地酒を軽く一杯引っ掛けて新幹線で帰った。
因みに山本さんのペットの名前が、僕のペットと同じ名前のプーとメイだったのには驚いた。世界は繋がっている。

2011年3月25日

先週、京都在住の山本さんという方から「友達と貯金おろしてお金をかき集め200万用意したので何か被災者支援をできないか…」というメールを頂いた。
最近、ヘソクリをこつこつ貯めていた僕にとって衝撃的なメールである。僕も何か出来ないかとアイデアを練っていた最中だったので、山本さんと一緒に「team WE ARE ALL ONE」を立ち上げ、被災者支援のために現地へ乗り込む事になった。ボランティアと義援金も募りたいと思う。詳細は特設サイトを観てもらいたい。
みんなで東北を救おう!

2011年3月23日

今日も東京は寒いが被災地のことを考えると、なんてことはない。これは先日、作ったMACHINE CIVILIZATIONの歌詞。文明が変わりつつある。変えるのは一人一人だ。


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「MACHINE CIVILIZATION」 / WORLD ORDER

The morning of machine civilization
赤い楯 影迷い
灰色の服纏い
リズムに囚われた朝
いつもと同じ瞬間
止めない生産ライン
何かが欠けてる
In the twilight of machinery

※ Where’s the world going
Won't somebody tell me
Are these thoughts illusion
Are we all one
この世界は変われるのか
この想いは幻か

People find work to be done
人は働き 鳥歌う
眠りに落ちた夢
目を覚ませ 彼叫ぶ
いつもと同じ瞬間
この刹那に生きる
いつか革命求め
In the twilight of machinery


この想いを変えれるのか
いつも夢に笑いかける

break through
paradigm
in your mind
revolution
desire
science
ascension
thirteen
white shirt
white shirt
white shirt
black shirt
black shirt
singularity
we are all one
are we all one

2011年3月21日

110321g.gif僕の好きな作家で原子力に詳しい広瀬隆さんがビデオニュースに出ていたので、良ければ見て頂ければと思う。シリアスだがこれが現実と言うものだ。悲観的にならずにポジティブなイマジネーションをして何とか食い止めよう。
ピンチはチャンスだ!
VideoNews.com

2011年3月20日

今日は天気もよく一日オフだったので一人で都内を歩きまくった。
まず御茶ノ水に行き、三省堂で本を三冊買った後、喫茶店でお茶をしたり町をうろうろとした。
今日はポジティブエネルギーをたくさん出そうと、いつも呟いている「ありがとう」を連呼した。しかし、最近英語力を上げようと意識していたので途中で「ポジティブ英語の独り言」を永遠と呟いた。二毛作である。
集中していたらいつの間にやら夜になり、節電のため人気も無く都内は大晦日のよう。
実は今日、月が地球に一番近いところにあるらしいので日比谷公園で月を見ながら瞑想とお祈りをしにいった。月を見ていると心なしかいつもより大きい。20分くらいしてからか、月野うさぎちゃん(セーラームーン)にお祈りしているような気分になった。そして、ある瞬間、セーラームーンに「何とかなりそうよ」と言われた気がした。
「ありがとう。月に代わって地球を頼むよ。あと亜美ちゃん(セーラーマキュリー)にもよろしくね」と月に向かって言うと黒猫が僕の横にいて「ニャー」といった。どうやら大丈夫そうだ。

2011年3月18日

原発が気になるところですが、ここ数日が山場になるかもしれません。現場にいる関係者のみなさんご苦労様です。がんばってください!そして、僕らが出来ることは「軽やかさ」だと思います。何度も言っていますが
世界を変えるのは一人ひとりの意識が変わることです。みんなが恐れたり 不安がっては事態が重くなってしまいます。みんなが前向きに、ポジティブな祈りがあって事態は「軽やか」に変わっていきます。
今日、僕はWORLD ORDERの新作と僕のビデオメッセージをYouTubeに掲載しました。少しでも皆さんの気分改善になれば幸いです。
ちなみに、今日ちょっと立ち寄った近所のバーで、たまたま後ろの席に元A首相がいました。なにやら秘書らしき人たちとヒソヒソと話していました(写真の僕の後ろ)。
うーん、怪しい(笑)
すみません……人のこと言えないです(笑)

2011年3月17日


地震、津波、原発という前代未聞の震災は今後、みんなの意識でどうにでも変わると思います。そこで僕はメッセージを届けようと現在、WORLD ORDERの作品を編集しています。
この災害は文明の転換点となるものだと捉えています。世界の人々に現状の社会、経済、政治のシステムに対して地球と共存する変革を求めたいと思います。
そして、前のダイアリでも書きましたが、出来事というのは中立です。この深い闇の中をさまよう僕らですが一人ひとりが恐れを手放し、前向きに事と向かい 合えばどんなことでも乗り越えられるはずです。
世界は変わりません。僕ら一人ひとりが変わるのです。そうすれば世界も変わります。
夜明け前の夜は一番暗いものです。人類にとって本当の輝かしい朝を迎えるために、みんなで立ち上がりましょう。
WE ARE ALL ONE.

2011年3月13日

皆さんは大丈夫でしょうか。大震災の犠牲者にお悔やみと負傷者、被災者にお見舞いいたします。
どんなに絶望的に見える状況でも前向きな意思を持ち行動すれば、深い闇すら希望の光に変えられると僕は信じています。すべての出来事は中立です。この出来事がどのように見えてもポジティブに対応することです。みんなのポジティブな波動で世界は変わるはずです。
僕らは、今、混乱を知りました。これからは秩序を知るときです。
WE ARE ALL ONE!

2011年3月 8日

今日は僕の33歳の誕生日。たまたま両親が東京から北海道にツアーで来ており、ちょうど今日、網走に寄ったのである。
僕と奥さんは両親のツアーに紛れ込み、網走港から出ているオーロラ号という船に乗って流氷を見にいった。
僕が北海道に住むことを決めてから親父は「俺は流氷が見たい」とずっと言い続けていた。そんな親父の思いが通じたのか流氷がたくさん来ていたのだ。
「氷の形はそれぞれ個性的ね」と母親が窓の外を見ながら言った。
「確かに」と僕は呟き、流氷のように個性を生かして育てて くれた両親に感謝の気持ちがこみ上げて来た。その時、親孝行しようと船の中で肩もみをした。二人共気持ち良さそうだったので何よりだ。
父さん母さんいつもありがとう。

2011年3月 4日


今朝、ふっと目を開けると枕元にプーちゃんがいた。布団を持ち上げると迷わずプーちゃんが布団の中に入ってきて僕の前腕に自分の顔を乗せてグルグル言い出した。脳波がシーター波の状態でのネコグル(猫が気持ちが良いとグルグル言う)はたまらん。
そのネコグルの癒しのリズムの中でまた僕は眠りに落ちていった・・・。プーちゃんいい夢見させてもらったよ。

2011年3月 1日

先週からWORLD ORDERとDELL StreakのムービーをYouTubeで流しているのだが、何と社長のMichael DellがTwitterで紹介してくれた。
あのデルさんにWORLD ORDERを知ってもらえたのは嬉しい!今月に新作のミュージックビデオを作るので楽しみにして頂きたい(^O^)/

2011年2月22日

今、拓大レスリングの体育寮に宿泊している。
五階建ての寮で一階が食堂と風呂。二階は相撲部、三階は柔道部、四階はボクシング部、五階はレスリング部と、僕が学生時代の時から何故かレスリング部は最上階の五階だ。もちろんエレベーターなど存在せず、キツい練習の後に登る階段が嫌だった。一年生の当時、「相撲部に編入したいよ」と週に一回は呟いていたのを覚えている。
そんな寮に泊まっているわけだが、昨日、体調が良かったせいか学生と七本くらいスパーをした後、「まだまだ学生には負けん〜」と叫びながらウエイトまでやった。
そして今朝、ベッドから起き上がろうとすると身体の異変に気がついた。全身筋肉痛である。朝飯を食べに食堂に向かったが下り階段ですでにキツい。その時タイミング良く、僕がムーミンと呼んでいる重量級の学生が来たので彼の背中にしがみついた(登りも)。
うーむ、ほどほどが一番だ。

2011年2月18日

先日、仕事が終わり、突然「電車の中」でビールが飲みたくなった。夜8時、仕事着のまま1人で東京駅へ向かいビールを買って適当に新幹線へ飛び乗った。うーむ、新幹線で飲むビールはなぜか美味い。
夜10時を過ぎたので、ふらっと那須塩原駅で降りた。次の日はOFFだったので一泊することに決め、ビジネスホテルにチェックイン。
ホテル近くにワインバーがあったので軽く引っ掛けに行った。「マルチェロ」という名前のオシャレなお店で、マスターやお客さんもフレンドリーだ。一杯のつもりがみんなで夜中の2時まで飲んでしまった。
次の日、お店のお客さんたちに鹿の湯温泉という風情ある温泉や地元のカフェ、食堂に連れて行ってもらい楽しい一日を過ごした。
突然出た旅だったにも関わらず素敵な一期一会を体験できたのである。みんなありがとう。

2011年2月12日

今朝、小雪が降る中、後輩キヤマの練習に付き合った。愛宕神社で階段ダッシュとジャンピングスクワットを交互にするメニューを組もうかなと考えているとキヤマが「今日は寒いですー寒いですー」とブツブツ独り言を言っていた。
そんなキヤマを見て僕は閃いた。「雪降る中、裸で練習をさせたら効果倍増するに違いない」それをキヤマに伝えると「げんきしゃん、雪が降っていますし、人もいます」と躊躇した。が、「度胸をつけるためだよ。お前はプロになるんだぞ」と言って裸にさせた。そう、実はキヤマは僕がプロデュースしてデビューすることになったのである。
プロデュースしていると言ってもキヤマを変身させるのを楽しんでいるだけだが。この時も雪の中、裸でジャンピングスクワットしている人間の姿を僕が見たかっただけというのが本音だ。キヤマ頑張って!

2011年2月10日

先日からテレビの収録で四国お遍路をやっている。白装束を身に纏うのは僕の作家デビュー作である「幸福論」でお遍路をして以来だ。
昨日は横峰寺までの遍路道を歩いた。そして空海が修行した石鎚山を眺めに行くと霊気が漂っており異空間に連れてこられたかのよう。
撮影が無事に終わり「このままあの石鎚山に行って山岳修行でもしたいな」と言ったら突然、ガスがかかり山が見えなくなってしまった。
「あと10分たどり着くのが遅かったら山は見えませんでしたね」と付き人できてくれた竹岡常吉が言った。
それと同時に「まだその時期ではないよ」と姿を見せてくれた石鎚山がそう言っているかのようだった。

2011年2月 5日

先日の夜、友人ミコガイくん(108kg)とユキくんでシーバス釣りに地元近くの月島へ行った。
ミコガイくんが作った渾身のルアーだったがまったくアタリが来ない。
しばらくして雨が降ってきたので僕らは橋の下に避難。僕は休憩してスーパーで買った牡蠣をガスに火を付けてみんなに茹でてあげた。そして残りのお湯でサッポロ一番塩味を作っていると2人はこっちを見て「ここの住人みたいだね」とボソボソ言っていた。
「魚介類の残りのお湯で作るラーメンは美味しいんだよ」と僕はラーメンを完成。
2人はラーメンをすすりながら「たしかに美味しい」と口を揃えて言った。「ふふっ、コツはすでに出汁がてているのでスープの粉を3分の2だけ入れる。そうするとショっぱくならない。アタマを使えば橋の下で作るインスタントラーメンも上品な味わいになるのだ!」
「......と言うことは、下品な僕らもアタマを使えば上品になりますかね?」とミコガイくんが満面な笑みを浮かべながら言った。
質問でいちばん答えにくいのは単純なものだ。

2011年2月 1日

僕の記念すべき十冊目の本が講談社から出版社された。ご存知だと思うがタイトルは「今日が残りの人生最初の日」。毎日が人生の最後の日だと思って生きれば、毎日が新しい自分で生きることができ前向きに生きることが出来るという内容だ。
今回はギャグを少なめにして少しテイストを変えてみた。あと僕が生活に取り入れているテクニカルな部分も書いてあるので実践して頂ければ幸いである。

2011年1月28日

昨日、早稲田大学の体育授業で総合格闘技を教えた。総合を教えるのは久しぶりだったのと、早稲田大学キャンパスは初めてだったので楽しい時間をすごせた。
帰り道、助手で来てもらった広島出身の後輩キヤマは、大学生活は友達もできず悪夢の4年間だったことを告白してこう呟いた。
「早稲田に入ってたら青春できたはずです。早稲田に入ってたら青春できたはずです。」
「人それぞれだよー」と僕は言った。
「でも、げんきしゃん、学生楽しそうにみえませんか?」
「確かにみんなたのしそうに見えるね」
そんな話をしていると小腹が空いたのでキヤマと西早稲田交差点にある寿司屋に入った。
すると五代目の大将は僕と同じ拓大出身らしく、オリジナルのり巻きをたくさんサービスしていただいた。
するとキヤマは「自分、拓大行ってたら青春できたかもしれません」と寿司をほおばりながら言った。
キヤマ、君は哲学的だね。

2011年1月22日

昨日、映画「ソーシャルネットワーク」を見てきた。ユダヤ人のザッカーバーグは天才なんだなと改めて感じた。そして、アスペルガー症候群を演じたアイゼンバーグの芝居は、、嫌いじゃないわ!(ルナドーパント風)
ネットワークで話はかわるが、先日、フランス民放のニュース番組から取材を受けた。取材の日にちが決まって2日後に収録である。フランスなのに何でそんなに早く段取りが出来るかというとSkypeで取材をしたからだ。
Skype、Facebook、YouTubeと、世界は本当に近くなった。
今年もどんどん世界に飛び出そう\(^o^)/

2011年1月19日

先日のイベントで、ファンの皆さんから「WORLD ORDERをみんなで踊りました」という話を聞いたので、さっそくYouTubeで観てみた。WORLD ORDER(C)というネーミングなのだが、本家を越えるパワーに脱帽。あそこまでやっていただいて、本当に感動してしまった。特に最後の空気イスの振り付けには、思わず「これ使える」と呟いてしまった僕である。ありがとう。
因みに、他にもWORLD ORDERを真似て踊ってくれている外国人グループや、1人で踊っているのや、どれも観ていてなかなか楽しい。なかでも男性3人で踊っているPVがシュールだった。皆さんもいろんなWORLD ORDERを観てみてください~ ヽ(^。^)ノ

2011年1月15日

事務所の近くに唐竹家という韓国料理屋さんがある。僕はこの店に月に2.3回ほどのペースで行っている。美味しい上に、値段もリーズナブルで、しかも全室個室なのでゆっくりできて気に入っている。
先日、今年初めてこの唐竹家に行った。帰り際、お勘定を頼むと、思った金額より安いレシートを渡された。「お勘定が違いますが…」とマスターに問うと、彼は「お年玉です」と満面の笑みで答えてくれた。
今年もまた唐竹屋さんにはお世話になりそうだ。
マスター、お年玉でヒートテックのももひき買いました。ありがとうございます。

2011年1月13日

WORLD ORDERの次の新曲のミュージックビデオの作品作りの追い込みにかかっている。
前回の作品は出来上がるまでたくさんの壁があったが(特にデビューするまで)格闘家時代から作品のイメージがあったのでデビューが決まってからは以外にスムーズに作れた。
しかし、今回はメンバーみんなで「次はもっと凄い作品を作ろう!」「今までにない誰もマネ出来ない最高なものを作ろう!」と振り付けをかなり複雑にしている。その為に1人でも休むと練習が出来ないくらいに難しい。作品を作り始めて三ヶ月たったが今でも深夜練をしながら一つになって頑張っている。作品もそうだが世界に目を向けた最高のメンバーに出会えたことに感謝(^O^)

2011年1月 6日

今日、氷で覆われた網走湖をかき氷のようにジャリジャリとドリルで穴を開けてワカサギ釣りをした。解禁になったばかりなせいなのか、僕の腕前が良いのか分からないが入れ食い状態に。僕は昔から釣った魚は必ずその場で食べる。ワカサギは釣り上げて一、二分すると凍るので新鮮そのもの。そして、この時もその場でバーナーで油を温め唐揚げにして食べたが、しゃいこうに美味かった!明日も行こ~うっ(^O^)

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2011年1月 1日

みなさん明けましておめでとう!
僕はいつもお世話になっている近所の青松寺で、うちの奥さんと餅つきをした。
早起きして、アップをせずに餅つきを始めたせいか突如、腰に痛みが走った。
「こ、こしが、、、」と僕がしゃがみ込み家内に助けを求めたが
「格闘家だったんでしょ。寺でダウンしてどうすんのよ」と、とどめのパウンドパンチ。
現在、腰サポーターを付けて新年を過ごしている。
うん。今年もがんばります。